「こ、これは……」
「他に知りたい情報があれば、言ってくださいね」
にっこりと微笑みながら、受付の女性が優しく言った。
──目が釘付けになる。
一言で言うと、爆乳。
シャルよりも……いや、圧倒的にでかい。
蒼く、腰まで届く綺麗な髪。
ほんのり垂れ目の大きな瞳に、知的な雰囲気のメガネ。
座っているのにくびれた腰に、明らかに主張するヒップラインまでわかる。
すげえ。
胸元のネームプレートには『アリッサ』と書いてある。
──アリッサさんか。
覚えておこう。
「やっぱり情報収集は大事だよな」
「最低」
隣に立つ結姫が、冷たく吐き捨てた。
さっきまでのいい雰囲気は、跡形もなく吹き飛んでいる。
「質問に対しての返しの内容がおかしくね?」
「死ねばいいのに」
「……」
これ以上話しかけてもヤブヘビだな。
それに本部に来て、だいぶ時間を取られているんだった。
オレは手元の資料に目を移す。
──今回の任務地の情報。
王制の世界で、主な移動手段は馬。
王都と地方都市の貧富の差は激しく、王都は裕福、地方は食うにも困るレベルらしい。
理由は、王が各地の優秀な人材を王都に集めているからだ。
その結果、王都は外敵の脅威もほとんどなく、文化も経済も発展している。
当然、そのしわ寄せは地方にくる。
──割を食ってるのが、地方都市ってわけだ。
敵は『亜人』。見た目は、鬼に近い。
額には人差し指ほどの角が一本。
体格は人間より一回り大きく、肌と瞳は赤。
身体能力は圧倒的に高く、数も人間の倍以上いるらしい。
普通の人間じゃ、10人束になっても敵わない。
それでも人間の領土は、大陸の半分を維持している。
──つまり、戦力的には互角。
その理由が、スキルの存在だ。
この世界の人間は、生まれつきスキルを持っている。
中には、1人で10体の亜人を相手にできるチート級の能力者もいる。
王都が優秀なスキル持ちをかき集めているのは、それを活かすためだろう。
さらに亜人たちは地下、いわゆる『ダンジョン』に住んでいる。
そのおかげで全面戦争にはなりにくくなっているらしい。
「……今回の任務、かなり難易度が高い」
「だよなぁ」
結姫が隣から資料を見ながら小さくため息を吐いた。
「この任務はAA(ダブルエー)になってますね」
にこやかに言うアリッサさん。
その笑顔が逆に怖い。
今までの任務はBとかCだったはず。
前回の任務は最初はBって言われてたけど、Aになったという感じか……。
ってことは、今回のAAは一気に格が跳ね上がってる。
できれば、事前に教えてほしかった。
──まあ、言われても断らなかったけど。
「死んで」
「なんで急に罵倒した!?」
「間違えた。今回の任務は死ぬ可能性が高い」
「……どこをどう間違えたら、死んでになるんだよ」
「今ならまだ断れるはず」
「……」
結姫が言うように、今回は本気でヤバい。
前回の魔王……ドラゴンよりも強いやつらがうじゃうじゃいることになる。
あのときすらギリギリだったオレたちに、果たして今回の任務がこなせるのか。
「でも、この任務は対象者を探すものですよね? なんでこんなに難易度が高いんでしょうか?」
アリッサさんが小首を傾げ、人差し指を顎に当てる。
小動物みたいな仕草が妙に可愛くて、ちょっと心が和む。
「ただの人探しならそこまで難しくはないんっすけどね」
「ただの人探しじゃないんですか?」
「亜人の巣――ダンジョンに潜らないといけない」
そう。
結姫の言う通り、対象者はおそらくダンジョン内にいるはずだ。
「どうしてですか?」
「えっとっすね。転生者っていうのは、転送型でも願望型でも、高確率で転生先の世界の人間と比べて、かなり強力なスキルに目覚めるっすよね?」
「え、ええ。そう言われてますね」
世界に合わせて力が与えられるのか、逆に強力だから呼ばれるのか。
そのあたりはまだ諸説あるみたいだが。
「この世界の人間は元々、スキルを持っている。そんな世界に転生したってことは転生者は、この世界ではさらに強力――チート級の力を持っていることになるんすよ」
「そうなりますね」
「そんな転生者をわざわざ人間が襲うとは思えない」
「……あっ」
アリッサさんが結姫の言葉に、ポンと手を打った。
「で、その転生者がいなくなったとなれば……」
「ダンジョン内に入った」
「十中八九な」
考えたくないが、チート級の力を持った転生者を倒すほどの力を持った亜人がいる可能性もある。
それは本当に考えたくない、最悪な事態だ。
頼む、無事でいてくれ。
そして複雑な心境で、対象者の情報の欄を見る。
だが、その欄は空白だった。
「あの……この対象者の情報、空欄になってるんすけど」
「はい。行方不明なので」
再び笑顔でアリッサさんが頷いた。
「いや、なので情報がほしいんすけど」
「……申請があってから調べている?」
「え?」
「はい。そうなんです。さすがに転生された時点で情報収集はしてません。キリがありませんから」
「なるほど……」
一人ひとりを最初から追いかけていたら、情報量は天文学的になるだろう。
だから、エージェントから申請があった時点で、初めて調査が行われるわけだ。
つまり、今回の対象者は「行方不明」という情報しかなく、詳細はまだ探れないということになる。
「あれ? ちょっと待ってくれ。なら、なんで、そもそも行方不明になったことがわかるんすか?」
「座標だけは常に観測しているんです」
「座標……っすか?」
「どこの世界からどこの世界に転生されたか、というのと転生者の性別だけは最初から観測しています」
「ってことは、今回は地球からこの世界に転生したっていうことしかわからないってことっすよね?」
「はい。そうですね」
「年齢もわからない?」
「はい」
「くそー! 騙しやがったな、支部長!」
なにがJKだ。
高校生なのか、わかってねーじゃねーかよ。
「そうでもない」
「ん? どういうことだ、結姫」
「転生者の割合は14歳から18歳までが多い」
「あー、まあ、そうか。ならまんざらJKっていうのも嘘じゃないってわけか」
「そうなる」
「けど、JCの可能性だってあるってことだよな?」
「なら断る?」
「いや、なおさらないな」
中学生でいきなり異世界に放り込まれる。
それがどれだけ怖いことか。
たとえ夢見た世界でも、現実になれば不安と恐怖に押しつぶされそうになるはずだ。
その状況が、どうしても『あいつ』と重なって見える。
一刻も早く、助けてやらねーと。
「いくぜ、結姫」
「ええ」
「じゃあ、情報、あざっした」
オレは机の上に資料を置き、出口の方へ向かおうとする。
そんなオレにアリッサさんが待ったをかけた。
「任務に行く前に4階に寄って行ってくださいね」
「4階? なんでっすか?」
「A以上の任務の場合、スキルをもう一段階アップさせられます」
「え? マジで?」
結姫と顔を見合わせる。
エージェントは異世界に転生した勇者を取り締まる。
その勇者はチート級のスキルを持つことが多い。
それを取り締まるのだから、当然、エージェントもそれなりの強力なスキルで対抗する必要がある。
だが、スキルはその人間に眠る能力だ。
スキルを付け替えることはできない。
なので、スキル自体を強化する。
そうしてチート級のスキルにして任務に向かうのだ。
ただ、スキルの強化は掛け算。
元々弱いスキルの場合は強化してもそこまで強くなれない。
もちろん、スキルを持たないオレは強化自体が意味がない。
ゼロは何を掛けてもゼロはゼロだ。
だが、結姫は違う。
元々強力なスキルを持っている。
それがさらに強化される。
その状態なら、前回のドラゴンさえも一撃で真っ二つにできるかもしれない。
これから行く世界の亜人とだって、互角以上に渡り合えるはずだ。
「希望が見えてきたな」
結姫もほんのわずかに笑みを浮かべる。
正直、絶望しかなかった任務だったが、これで何とかなりそうだ。
……っていうかさ。
言えよ、支部長!