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第24話 ダンジョンを攻略しよう

「うおおおおおおお!」


 唸り声と共に、棍棒を振り下ろしてくる亜人。


 面倒なので、以後『鬼』と呼ぶことにする。


 とにかく鬼がオレの脳天を潰すために渾身の一撃を放ってきた。

 オレは体をひねって、最小限の動きでその一撃を躱す。

 そしてガラ空きの顎をかすめるように拳を放つ。


 鬼は脳を揺さぶられ、そのまま前のめりに倒れて気絶する。


「ふう……」


 オレが一息つく間に、結姫がスタスタと歩き始める。

 本当にマイペースだ。

 自分は一切戦うことなく見ていただけで、戦闘が終わればすぐに歩き始めるのだ。

 オレも慌てて、その後を追う。


「結姫も手伝ってくれよ」

「殺すわけにいかないから」

「うぐっ! そりゃそうだけどよぉ」


 オレたちエージェントは異世界の人間および魔物などを基本傷つけてはいけない。

 少なからず、その世界に影響を与えてしまうからだ。

 ましてや殺すなんて言語道断。


 傷つけていいのは、相手が明確な殺意をもち、こちらが生命の危機を感じたときだけだ。

 つまりは正当防衛のときのみ。

 とはいえ、正当防衛が認められることは滅多にない。

 殺されても殺すなってやつだ。


 ホント、無茶苦茶言ってくれるよなぁ。


 もし殺してしまって、逃げたとしても絶望しか待っていない。

 エグゼキュタと呼ばれる、違反したエージェントを狩るやつに命を狙われる。

 そのエグゼキュタに一度狙われれば、あの世へ転生待ったなしだ。

 過去、エグゼキュタ1人に10人のスキル持ちで対抗したところ、瞬殺されたらしい。

 この世界には天井知らずの化け物が存在する。

 近づかないのが一番だ。


 ちなみに、前回、ドラゴンと戦ったことに関しては、使役されていたということで転生者側の存在と認定されたことでお咎めなしだった。

 その裏で支部長が結構、根回ししてくれたみたいだけど。


 ……そもそもの話、ドラゴンに傷一つ付けられなかったんだけどな。

 マジ、理不尽。


 なのでオレたちは鬼を傷つけることができない。

 結姫のスキルは空気を操る能力。

 風の刃での攻撃が基本スタイルだ。

 ただ、その場合、どうしても傷つけてしまうことになる。

 だから襲われたときは、オレが鬼を穏便に気絶させるか、捕縛するかしているのだ。


 一応、相手の顔周りの空気を極端に薄くして、酸素不足で気絶させるという使い方もできる。

 だが、本人いわく、力が増幅している分、制御が難しくなって危険だそうだ。


 とはいえ、なにもオレたちの行動を全て監視されているわけではない。

 厳密にルールに従うと、今のオレの鬼への攻撃だってNGだ。

 ただ、そんなことまで禁止されたら、任務どころじゃない。


 一定の範囲までは目をつぶって貰える。

 その範囲というのが、いわゆる、どのくらい力を使ったかと、相手に与えたダメージによる。

 つまり、一定以上の力でスキルを使った場合に、『ログ』として残るのだそうだ。

 あとは相手に重傷を負わせた場合もログに残る。


 今は結姫の力が上がっているため、スキルを使えばログに残る可能性が大だ。

 それで結姫はスキルを使わないのである。


 力を増幅させたのって、逆にマイナスじゃねーか。


 とはいえ、本当に危機的状況になったときは結姫のスキルに頼ることになる。

 要は相手に当てなければいい。

 壁や床をぶち抜いて逃走経路を確保するという手もある。

 あとは強力なスキルを使っても、純粋に相手が強ければ、その分ダメージ自体も少なくなるので問題がなくなる。


 そんなことを考えていたら、前を歩いていた結姫がピタリと立ち止まった。


「どうした、結姫……って、行き止まりか」


 ここはダンジョンと呼ばれる地下迷宮。

 5時間ほど適当に歩いて、行き止まりになったのはこれで7度目だ。


「なら、さっきの道を左に」


 そう言って、踵を返して来た道を戻っていく。


「なあ、結姫。……迷ってないよな、オレたち」

「それはない」

「ホントか? やっぱりマッピングした方がよくないか?」

「してる」

「嘘つけ。紙とか持ってねーじゃねーか」

「ここに」


 そう言って結姫は自分の頭を指でトントンと叩いた。


 マジか。

 あの複雑な道を全部覚えてるのか?

 まさか、意地張ってるだけじゃねーだろうな。


「恵介くんと違う」

「……いや、ほら、オレはさ、記憶力よりも対応力っつーの? 機転を利かせるのが得意なタイプだから」

「それは同意」


 あれ?

 てっきり否定プラス追い打ちをかけてくると思ったんだが。

 一応は、オレのことを認めてくれてるってことか……?


「それより、どうする?」

「ん? んー。そうだな」


 オレたちの任務はダンジョンを攻略することじゃない。

 しらみつぶしに歩き回るのは効率が悪すぎる。

 それでなくても、リミットは3日しかない。


「一旦、休憩がてら、情報を整理しようぜ」


 オレは立ち止まって、壁を背に座る。

 すると結姫も無言でオレの隣にちょこんと座った。


 なんか……距離が近い気がするが。

 まあ、今はそんなことを気にしてる場合じゃない。


 行き詰まったときは、情報を洗い出して会話しながら整理する。

 これはもう、オレたちのパターンになりつつあった。

 それぞれの視点から話すことで、思わぬ発見があることも多い。


「まず、今回の転生者はどっちのパターンだと思う?」

「召喚型」


 人が異世界に転生する場合、主に2つのパターンがある。


 ひとつは、異世界に『呼ばれる』――召喚型。

 魔王とか魔物とか、とにかく自分たちの手に負えないものを、他の世界の人間に何とかしてもらおうして召喚術で呼ぶのだ。

 呼ばれた側にとっては、迷惑極まりない。


 もう1つが自分自身で異世界に『行きたい』と願って転生する――願望型。

 異世界への憧れが強く、その願いが死の瞬間に発動して転生へとつながる。

 ただし、必ず転生できるわけじゃない。完全に運任せで、試すにはあまりにリスキーだ。


 ここ10年、その願望型が急増している。

 理由は簡単。

 異世界を題材にした『作品』が、地球で大量に作られたからだ。


 昔は異世界なんて空想でしかなかった。

 だが今は、小説や漫画、アニメで日常的に接することで、異世界が『身近な』夢になってしまった。

 その結果、異世界転生を願う者も増え、実際に転生してしまう人間も増えてしまった――。


 だから、勇者の取り締まり対象のほとんどは地球人というわけだ。


「召喚型と思うのはなんでだ?」

「街の人が知ってたから」

「ふむ……」


 願望型の場合、転生者はひっそりとその世界に現れる。

 住人にすぐ気づかれることは少なく、有名になるには時間がかかる。


 だが今回は、街で情報を集めたとき、ほとんどの住人が転生者の存在を知っていた。

 しかも『勇者』という言い方をしていた。

 これはもう、十中八九、召喚型と考えてもよさそうだ。


 ただ。


「にしては、なんつーか、淡泊じゃなかったか?」

「そこは私も引っかかった」


 確かに勇者と呼んではいたが、みんな妙によそよそしい。

 あまり詳しく話そうとしない。


 城の兵士や貴族にも話を聞いたが、反応は同じ。

 「よく知らない」「関係ない」と、どこか他人事のようだった。


 しかも、「どこへ行ったのか」と尋ねると、全員が同じように答える。


 ――ダンジョンに入って、亜人を倒しに行った、と。


 あまりにも口裏を合わせたような、不自然な一致。


 だから、街での情報収集を切り上げ、こうしてダンジョンに乗り込んだというわけだ。


「何か隠してるよな、絶対」

「探るメリットは少ない」

「うーん」


 もし、転生者が街の連中に監禁・殺害されていたら……それで任務は完了になる。

 そのパターンはできれば考えたくないが。


 けど、直感的に、違う気がする。

 勘だけど、妙に引っかかる。


 それに、隠されている真実を掘り起こすには時間がかかりすぎる。

 尋問も拷問もできるわけじゃないしな。


 ――となれば。

 やはりダンジョンにいる可能性に賭けるしかない。


 とはいえ、やみくもに歩き回るのは効率が悪すぎる。

 残された時間は、たったの3日なんだからな。


「なあ、結姫。策を1つ思いついたんだが」

「私も。たぶん、恵介くんと同じ」

「へえ。結姫にしては随分と過激だな」

「これが一番早い。といより、これしかない」

「だよなぁ」


 結姫がスッと立ち上がる。

 そして右手を正面の壁へ向けた。


 大きく息を吸い込み――。


「はっ!」


 次の瞬間、放たれたのは巨大な風の渦。

 もはや風の刃なんて生易しいものじゃない。

 小さな台風だ。


 轟音を立てて吹き荒れるその風が――ダンジョンの壁を、あっさりとぶち抜いた。

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