派手な破壊音が響き渡る。
結姫が放った風の渦は、いくつもの壁を一気に貫通していく。
その衝撃で、ダンジョン内が崩れ落ちそうなほど揺れた。
威力が凄まじい。
さすが、力を増幅しただけのことはある。
「やるな、結姫。ダンジョンを崩壊しない程度に威力を調整するなんてよ」
「……」
「あれ?」
見ると、小さく口を開けて固まっている。
結姫が驚いているなんて珍しいな。
「お前、まさか……」
「計算通り」
「嘘つけ! 思ったより威力出ちゃったって顔してるぞ!」
「早く隠れて」
誤魔化しやがった。
とはいえ、周りから多くの足音が近づいてくるのが聞こえてくる。
確かに、ここで見つかるわけにはいかない。
結姫と一緒に物陰に身を隠す。
数分後、鬼たちが雪崩れ込んできた。
鬼たちの怒声が耳をつんざき、振動が体に伝わってくる。
全員が殺気立っている。
そりゃそうだ。
いきなり自分家が破壊されりゃ、誰だって怒る。
だが、これだけの破壊を目の当たりにして、鬼たちの怒りは徐々に冷静になり、困惑の感情へと変わっていく。
ここまでの威力を出せる人間はこの世界にはいなかっただろう。
今の結姫なら下手な魔王なら一撃で倒せる。
まさにチート級だ。
まあ、実際に魔王に放つことはしないだろうけど。
殺しちゃうからね。しょうがないね。
鬼たちは一通り辺りを見渡した後、何体かを残して戻って行く。
おそらく住処へと帰るんだろう。
オレは残った鬼を後ろから襲って気絶させた。
そしてぞろぞろと戻って行く鬼たちの後を着ける。
このまま鬼の住処に潜入する。
もし、転生者が鬼に捕まっているのだとしたら、助け出す。
――けど。
「今は考えないで」
前を進む結姫が小声でたしなめてくる。
「わかってる……」
考えたところで意味はない。
逆に思考にとらわれることで集中力が削がれる。
デメリットしかない。
だからといって「はい、そうですか」と切り替えられるほどオレは器用じゃない。
鬼が転送者を捕まえる可能性はかなり低い。
そもそも生かしておくことにメリットはない。
もし、鬼の住処に転送者がいるとすれば、それは死――。
「恵介くん、足元気を付けて」
「あ、ああ……」
集中力が欠けていることに、結姫にも気づかれている。
気を取り直して、気を引き締めようとするがうまくいかない。
最悪な事態がグルグルと頭の中を巡る。
だが結姫はそれ以上たしなめようとはしなかった。
いっそ、殴ってくれれば気が紛れるのに。
そんなことを考えながら、鬼たちの後をこっそりとついていくのだった。
鬼の住処は巨大な村という感じだった。
平和で平穏。
広場では子供たちが遊び、それを見ながら母親らしき鬼たちが談笑している。
鬼たちの住処は蛮族の群れのように殺伐としている。
そんなイメージだった。
だが、生活ぶりは人間と変わらない。
逆に王都の住人たちよりも穏やかな空気が流れている。
王都のやつらは、どこかピリピリというか不穏というか陰湿な気で覆われていた。
これじゃどっちが侵略者かわからない。
いや、そもそもその考え自体が間違っている。
鬼から見れば、人間の方が悪であり侵略者だ。
見方が変われば立場も変わる。
当たり前のことだ。
単にオレが人間で、鬼が狂暴そうに見えるから、漠然と鬼を敵のように見ていた。
「こんな姿を見たら、戦えなくなるな」
「戦う必要はない」
「まあ、そうだな」
「……見て。あそこ」
結姫が指さす方を見ると、鬼を背負った鬼が小さな小屋に入っていく。
背負われている方の鬼はぐったりとしている。
外傷がないことから、病気か何かだろうか?
けど、別に他の鬼と変ったところはない。
なんでわざわざ結姫が「見て」と言ったのかわからない。
「あの小屋がどうかしたのか?」
「見てて」
オレの質問に答えず、結姫はジッと鬼が入っていた小屋を見ている。
そして5分後。
小屋から鬼が出てくる。
鬼を背負っていない。
たぶん、中に置いてきたんだろう。
「……で?」
「さっきも同じことがあった」
「それがどう……あっ」
小屋は本当に小さい。
だいたいロッカーを3つくらい並べた程度の小屋。
小屋というよりは物置と言った方が近いだろうか。
そこに鬼を2体も置いておくにはスペースが足りない。
「地下か」
「たぶん」
おそらくあの小屋は地下への階段の入り口になっているんだろう。
そして地下とくれば連想するのは牢屋。
で、牢屋なら転送者がいる可能性がある。
「よし、行くぜ」
「待って」
小屋に向かおうとするオレの腕を掴む結姫。
「なんだよ?」
「冷静になって」
「オレは冷静だ」
「……」
ため息をついた結姫は左の方を指差す。
そこにはまた鬼を背負った鬼が歩いてきていた。
「……すまん」
「ん」
全然冷静じゃなかった。
全く周りが見えてない。
「いいか、けいちゅけ少年。焦りは思考を鈍らせる。常に『今』に集中しろ」
また支部長の言葉が頭に響く。
完全に見透かされてる。
それなのに、何度も同じ間違いを繰り返しているんだから世話がない。
結姫がいなければ、鬼たちに見つかって、下手すりゃオレ自身が捕まってたところだ。
その鬼をやり過ごしてから小屋に入ろうと思って待っていると、小屋の中から鬼が出てきた。
あ、そのパターンもあるのか。
中には鬼がいないと思い込んでたけど、いる可能性の方が高いな。
小屋に入るときは慎重に――。
「またか……」
「ああ、早……ノカ……に」
出てきた鬼とやってきた鬼の会話。
声が小さくて完全に聞き取れはしなかったが、確かに言った。
ノカ、と。
一気に頭に血が登るのを感じる。
気づくとオレは飛び出していた。
「恵介くん!?」
「な、なんだ!?」
結姫と鬼たちの戸惑う声がするが、気にせずに鬼たちを叩き伏せる。
そしてそのまま小屋のドアを開けて中に入った。
やはりそこには石でできた階段があった。
一気に駆け下りようとしたところで、後ろから腕を掴まれる。
振り向くと無表情の結姫がいた。
すぐにオレの後に続いたのだろう。
「……」
パン!
無言で結姫がオレの頬を叩いた。
結構強めに。
「落ち着いた?」
「本当にすまん……」
言った傍からこれだ。
ただ、言い訳をさせてもらうとこれはしょうがないと思う。
なぜなら、オレがこの仕事をしている理由というか目的に辿り着いたのだから。
「私が先に行く」
結姫がオレの前に出て、階段を降りていく。
「帰ったらなんか奢る」
「なんでもいいの?」
「なんでもとは言ってねぇ」
結姫が慎重に気配を探りながら階段を降りる。
何も聞かないでくれるのは助かる。
ただ、この任務が終われば全部話すつもりだ。
これが最後の任務になるのだから。
地下は牢屋というよりは病院のような感じだった。
落ち着いて考えれば、そりゃそうだ。
鬼たちはぐったりとした鬼を、地下に置いていったんだから。
焦りは本当に頭が働かない。
気を付けよう。
……ただ、気を付けられるのか、これ。
地下には病気らしき鬼を看病している鬼が数人いた。
そんな鬼たちを1体1体、後ろから襲い、縛って部屋の隅に隠す。
それを繰り返しながら進んでいるときだった。
「大丈夫ですか?」
女の子の声が聞こえた。
鬼とは明らかに違う、澄んだ声。
人間のものだ。
そして鬼の住処にいる人間といえば思い当たるのは1人しかない。
――いた。
深呼吸して、落ち着こうとする。
だが、心臓の鼓動は速まっていく。
「……」
結姫がオレに先へ行くように促してくれる。
ありがたい。
あいつに会うのは3年ぶりか。
長かった。
けど、ようやく見つけられた。
オレは小さく咳払いして、声の調子を整える。
そして陽気な声で話しかける。
「よお、佳穂! 待たせたな、迎えに来たぜ!」
そんなオレを見た女の子は、驚いた顔をしてこう返した。
「……だれ?」