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第26話 幼馴染がいたんだ

「……だれ?」


 それはオレも言いたい台詞だった。

 けど、先にオレの方が勘違いしたのだから、その台詞を言う資格はないだろう。


 キョトンとした驚いた表情でオレを見ている少女。

 いや、少女というよりは女性といった方がいいだろう。

 たぶん、オレよりも年上だ。

 20歳前半といったところか。


 黒髪に、肩くらいの長さの髪を雑にまとめたようなポニーテル。

 ぱっちりとした瞳にメガネをかけている。

 美人さんだが、化粧気はない。

 おしゃれとかには興味がないといった感じだ。

 それは上下のジャージに白衣を着ているというところからも感じ取れる。


 佳穂じゃない。別人だ。


 期待していた分、ショックが大きい。

 そのせいで全然頭が回らない。


「異世界秩序機構という組織の者です。あなたを元の世界に帰すために来ました」

「え?」


 頭が真っ白になり、その場で固まっているオレの横から結姫が女性に説明する。

 怪しさを少しでも薄くするために、普段は使わない敬語で話し、端的に伝えたいことだけを伝える。

 それでも相手の女性は戸惑いを隠せないようだ。


 無理もない。

 いきなり異世界なんかに呼び出され、自分より年下の高校生に迎えに来たと言われてもそうそう信じれるものじゃない。


「詳しく説明している時間がありません。とにかく一緒に来てください」


 固く、やや威圧感のある声。

 相手に選択の余地を渡さず、無理やりこっちのペースに持ち込む気なんだろう。

 確かに結姫の言う通り、あまり長居はできな――。


「侵入者だ! 捕まえろ! 逃がすなよ!」


 多くの鬼が階段を降りてきている音がする。


 なんでこんなに早く……って、そうか。

 気絶させた鬼をそのままにしてた。

 そりゃ、気づくなって言う方が無理って話だ。


 にしても、唯一の出入り口の階段を抑えられているのはきつい。


 あたりを見渡して、他に出口がないかを探っているうちに、大勢の鬼に取り囲まれる。


「なんだ、貴様らっ!」


 赤い顔をさらに赤くして、鬼が叫ぶ。

 ダンジョンを破壊した人間がいるかもしれないと、警戒態勢をとっていたんだろう。

 全員が武器を持ち、殺気立っている。


 やっちまった。

 今回はやることなすこと裏目に出てるな。


 ……頭に血が登ったオレのせいなんだけど。


「恵介くん。スキルを放つから、その隙に突破する」

「ちょ、待て! 力の制御、できんのかよ? もし、殺しでもしたら……」

「大丈夫。恵介くんに罪を擦り付けるから」

「おい!」


 すると結姫がわずかに口の端を上げて微笑む。


「冗談。狙われるのは私だけだから」

「っ!?」


 止めてくれ。

 オレの尻ぬぐいで結姫が命を狙われるなんて冗談じゃない。

 ここはなんとか策をひねり出して、オレが自分でケツを拭く。


 とはいえ、出口は完璧に塞がれている。

 抜け道もなさそうだ。

 多勢に無勢。

 無理やり突っ切るのは不可能だ。

 絶体絶命。

 ゲームオーバー。


 なんて、ひと昔前なら絶望する展開になっているだろう。


 けど、今じゃ、こんなのは危機でもなんでもない。

 ある意味テンプレだぜ。


「結姫、上に向かって撃ってくれ」

「……!」


 すぐにオレの意図を理解し、結姫は天井に右手を向ける。

 そして風の刃を5発ほど打ち込む。


 天井が崩れ始め、瓦礫が落ちてくる。


「ご褒美のビンタは後でな」


 オレは結姫をお姫様抱っこし、落ちてくる瓦礫を避ける。

 地面に落ちた瓦礫の数々を足場に、思い切りジャンプする。


「うりゃ!」


 そのまま地上へと出る。


 出口がないなら作ればいい。


 オレは結姫を抱えながら走り、その場を後にした。




 闇夜にたき火の光とパチパチと木が爆ぜる音が響く。

 前回の世界とは違い、この世界は月が出ていても薄暗い。

 月が小さいせいなんだろうか。


 オレたちはあの後、ダンジョンを出て、仕切り直すためにこうして森の中で野営をしている。

 こういう場合、大体は街の宿に泊まるものだが、あの街の住民はどうも外部の人間を嫌がるようだ。

 最初の聞き込みのときの反応が、どこかよそよそしく排他的だった。

 買い物するのさえも一苦労。

 こんな状態なら泊まらせてくれるところなんて皆無だろう。


 なので野営するために必要なものを買って、こうしてたき火を眺めているというわけだ。


 ちなみに火は、街に売っていたマッチみたいなものを使って熾した。

 たぶん、リンとか、そういう科学的なものを使ってるわけじゃなく、スキルを封じ込めた道具っぽい。


「焼けた」


 結姫が串に刺さったソーセージのようなものを渡してくれる。


「サンキュー」


 かじってみると、独特な臭みがあるが割と美味い。

 思わず、ペロッと一本食べてしまった。


「大丈夫みたいね」

「毒味させたのかよ!」


 そう突っ込んだが、結姫はバスケットからパンを取り出して食べ始める。


 そういえば結姫は草食だったな。

 じゃあ、なんで毒味なんかさせたんだ?


 結姫はパンをかじりつつ、近寄ってきた小動物にソーセージのようなものを千切ってあげている。


 オレは小動物にあげるための毒味だったのかよ。

 酷くね?


 とはいえ、小動物にエサをやっている結姫は、なんというか絵になる。

 火の揺らめく明かりに照らされているというのもあるだろう。

 なんとなく見惚れてしまう。


 そして、そこからなんとも言えない空気になり、沈黙が続く。


 地上に出てからも、結姫はオレに何も聞いてはこなかった。

 それがありがたくもありつつ、ちょっと悲しくもある。


「……3年前のことなんだけどさ」

「無理に話さなくていい」

「聞いてほしいんだ。パートナーの結姫に」

「……そう」


 結姫が小動物からオレに視線を向けた。

 オレも結姫を見ながら、過去を追憶する。




 オレには同い年の幼馴染がいた。

 別に家がお隣だとか親同士で付き合いがあったとか、そういうのは全然ない。

 逆に何がきっかけで仲良くなったのか、よく覚えていない。


 あいつとの一番古い思い出。

 それは――。


「じゃあ、お友達だね!」


 実に4歳児らしい無邪気な笑顔でそう言った場面だ。


 あれは公園だったか、どっかの神社の境内だったか。

 まあ、そんなことはどうでもいい。

 とにかく、その日からオレはあいつと――佳穂と友達になった。


 というよりは友達にされたという方が正しい。


 佳穂は明るくて、人懐っこくて、誰とでも仲良くなれて、アグレッシブで、そして――。

 ストーカー気質があった。


 ストーカーとかいうと語弊があるかもしれないが、とにかく佳穂はオレにべったりだった。

 どこに行くのにもついてきて、気づいたらオレの部屋に忍び込んできた。

 さらに恐ろしいことに、佳穂がいないところで話した内容も知ってたりすることだ。


 一時期はマジで盗聴を疑って、何度も部屋の中を探知機で調べまわったりもした。


「お前さ、なんでオレのこと、そんなに知ってるわけ?」

「んー。愛かな」


 4歳の頃は男か女かわからないような風貌だったが、中学になる頃にはなんていうか女らしい感じになっていた。

 出るとこ出る、みたいな?


 ショートカットでボーイッシュで引き締まっていて、健康的な明るいスポーツ選手のようだった。


 実際はスポーツなんてやってなかったけど。


「なるほど。愛か。じゃあ、オレは佳穂のこと、そこまで知らないから愛はないってことなんだな?」

「黒魔術を使って見てたの」


 佳穂はオカルト好きだった。

 かなりディープに浸かっていた。


「黒魔術って……あれか? 使い魔とかを召喚して、そいつを通して見てたとかか?」

「ノンノン! けーちゃんは甘いね。今のトレンドは科学と魔術の融合だよ」

「黒魔術にトレンドとかあるのか?」

「ダメだなー。そんなんじゃ流行に乗り遅れるよ」

「いつの間に黒魔術が流行になったんだよ?」

「いつの時代も流行は十三機関が……」

「都市伝説になってるじゃねーか!」

「にゃははは」

「で? どうやって黒魔術でオレの様子を見るってんだ?」

「えっとね。媒体となる儀式の道具を使って、それを通してけーちゃんのことを見るんだよね」


 そう言って佳穂はカバンからあるものを出して見せる。


「ビデオカメラじゃねーかよ!」

「そうともいうね」

「盗聴じゃなく盗撮だったのかよ。もっとやべーじゃん」

「愛がなせる技だよね」

「常識が欠如してるだけだ!」


 佳穂は厨二病で痛いやつだった。


 外見との、このギャップはなんなんだよ。

 学校じゃ、結構モテるんだけどな。

 内面を知ったら、みんな引くこと間違いなしだ。


 そんなこんなで、オレは佳穂に憑き纏われていた。


 オレはこの先もずっとそれが続いていくだろうとなんとなく思っていた。

 きっと佳穂もだろう。


 だが、事件は唐突に、前触れもなく起こった。


 それは中学2年の夏休みのことだった。

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