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第28話 オレの決意 

「佳穂さんは異世界に転生した……」

「オレはそう思ってる」


 パキッ。たき火の木が弾ける音が、漆黒の森に小さく響いた。

 ゆらめく炎はまるで、あのときから燻っている後悔と、自分への怒りのようだった。


 あのとき、佳穂の家について行っていれば。

 ちゃんと夏休みの宿題をやっていれば――。

 けど、それはただの結果論だ。

 オレが一緒にいたとしても、佳穂はきっと異世界に『呼ばれた』。


 どうしたって防げなかっただろう。

 過去を公開したところで、未来が変わるわけではない。

 なら、今できることをやるしかない。


 無限に存在すると言われる異世界の中から、オレは必ず佳穂を見つけ出す。


「恵介くんの話を聞く限り間違いないと思う」

「結姫もそう思うか?」


 彼女はコクリと頷いた。


 ……よかった。

 思い込みじゃないかと不安だったが、第三者の結姫がそう言ってくれるのは心強い。


「どんなに巧妙に手を尽くしたとしても、轢いた痕跡を一切消すのは無理だと思う」

「だよな」


 当時、警察は運転手の言うことは信じていなかったが、状況を見る限り信じざるを得なかった。

 だからこそ、失踪とすることで事件を収拾させた。


「他に考えられるとしたら……宇宙人に攫われた」

「はは。それはオレも考えたよ。一時期は本気で宇宙人の情報を集めたくらいだからな」


 そのせいで、陰謀論にハマりそうになったのは内緒だ。


「あと考えられるとしたら、神隠しってやつか」

「神隠しは大体が異世界転生」

「え? そうなの?」

「機関の論文に書いてあった」

「そんなのあるのか? 今度見せてくれよ」

「いいけど、読めるの?」

「……」


 言葉に詰まってしまった。

 申請書を書くのさえも手こずるオレが、論文なんて読める気がしない。

 秒で寝落ちしそうだ。


「とにかく、オレがこの仕事をしているのは佳穂を探すためなんだ」

「そう」


 興味がなさそうにそう呟く結姫。

 実際、結姫からすればオレの働く動機なんてどうでもいいだろう。


 なんて思っていたら――。


「ありがとう」

「ん?」

「話してくれて」

「お、おう」


 驚いた。

 まさか結姫からこんな台詞が聞けるなんて。

 人類が嫌いな人間の台詞とは思えん。


 あ、でも人類の中でも唯一オレだけが例外なんだっけな。


「でも……納得できた」

「なにがだ?」

「スキルのない恵介くんが、この仕事を続けているわけが」

「スキルの有無は、あんま関係ねーけどな」


 確かにスキルがあればいいなと思ったことはないと言えば嘘になる。

 欲しいと思ったことは当然ある。


 だって、格好いいじゃん。

 風を操ったり、瞬間移動したり、炎を出したり、空を飛んだり。

 普通ならできないことができるって、どんな感じなんだろう?

 使う時のワクワク感は一度、味わってみたい。


 とはいえ、オレにとってスキルなんてものは道具の一つでしかない。

 ないならないで、策の練りようはある。


 まあ、そう教えてくれたのは支部長なんだけど。


「けいちゅけ少年は最強を目指せ」

「え? なんで?」

「スキル至上主義の世界で、スキルなしがトップって面白いだろ?」

「あー、いいっすねー」


 エージェントになり、支部長に初めて会ったときにした会話だ。

 あのときは適当に、相槌を打つような感じで同意した。

 同意してしまった。


 ノリで同意したその一言で、地獄の訓練が始まった。

 冗談抜きで、何度も死にかけた。


 まあ、今のオレがあるのは、そのおかげなのだが。


 そしてそのときに叩き込まれたのが「思考を止めるな」だった。

 オレの武器は考えること。

 考えることでオレは強くなる。


 支部長と比べると雑魚だけど。

 というか、割と行き当たりばったりになることが多い。

 まだまだ修行が足りない。


「さてと。これでオレの自分語りは終わりだ。それより今後のことを考えようぜ」


 本当は結姫の働く理由を知りたい。

 でも、それはオレが聞くことじゃなく、結姫が話したくなれば話してくれればいい。

 オレみたいに。


 とはいえ、オレたちには悠長にしている時間はない。

 結構、追い詰められている。


 鬼の住処からあの人を助け出さなきゃならない。

 一度、侵入しているから、今はもっと厳重に警備されているだろう。


 鬼に死傷者を出さずに助け出すとなれば、かなりの難易度だ。


「一番楽で早いのは帰ること」

「へ? ちょっと待てよ。任務を諦めるってことか?」


 結姫にしては珍しい意見だ。

 前回のあの状況で帰るなんて選択肢はなかったのに。


「任務はもう達成してる」


 結姫がそう断言した。

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