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第31話 これがオレの策だぜ

 やっぱ、そうなる展開だよな。

 経験上、初手で上手くいかないときは結構こじれることが多い。

 どうせ、今回もこのまま何事もなくこの人を元の世界に戻せるなんてことはないだろうな、とは思ってた。

 だから、そんなにへこんでない。


 いや、本当に。


 少し長めのため息を吐きたいってくらいだ。

 とはいえ、思ったより多いな。


 オレたちを取り囲むようにして、20体くらいの鬼が立っている。

 その中の、おそらくはボスであろう一際大きな体格の鬼がオレに近付いてきた。


「また来ると思っていた」

「それにしては、ちと多すぎやしないか? か弱い人間一人に対してこれはないと思うぜ?」

「くっくっく。弱い奴ほどよく吠える。お前はその逆だな」


 評価が高いのは嬉しいが、こっちとしては油断してほしいんだがな。


「それに貴様らは変な術を使う。その力は我々を遥かに凌駕する」

「オレはスキルを持ってねーんだけどな」

「嘘を付くな。昨日の廊下の破壊はお前だろ?」

「廊下? ……ああ、ダンジョンのことか。あれが廊下か。随分と長くて複雑だな」

「? とにかく、この人数でもこっちとしては不安なところだ。みんな、油断するなよ」


 空気がピリッとひりつく。

 鬼たちが武器を構え、殺気を放ってくる。


 うーん。

 油断どころか、かなり警戒されてる。

 スキルや魔法が存在する世界では当然か。

 体格や力がアドバンテージになることが少ないのは。

 きっと、この世界の人間たちとの戦いで身に染みてるんだろう。


 けどなぁ。

 この人数は正直キツイ。


 しかも部屋のドアが開いている。

 下手をするとおかわりが来る可能性もあるな。


「あ、あの、待ってください!」


 オレの後ろにいる彼女が鬼たちに向かって叫ぶ。

 説得でもしてくれるんだろうか?

 もしそうだとしたらありがたい。

 油断しているところを攻めれば、5体くらいは減らせる。


 だが、その淡い期待もあっさりと裏切られる。


「乃々華(ののか)は黙っていろ」


 ボスの鬼がギロリと彼女を睨む。


 そうか。乃々華かぁ。

 一字違いだったな。

 勘違いするのも、しゃーないよな。


「ですが!」

「今更取り戻そうなど、虫が良すぎる」

「この人たちは違うんです」

「くどい!」


 なんかよくわからんが、ボスの鬼の怒りのボルテージがドンドン上がっていってる気がする。

 ある程度の怒りは隙ができるからいいんだけど、ブチ切れだと何をしてくるかわからなくなるから嫌なんだよな。


「話を聞いて……」

「ちょい待った」

「え?」

「オレは大丈夫だから。あんたはこれ持って、部屋の隅で大人しくしててくれ」


 ズボンのポケットから出したものを乃々華に渡す。


「これって……」

「15分くらい我慢しててくれ」


 乃々華が下がったのを確認し、オレはその場でステップを踏む。

 鬼たちは乃々華を生かしていることから、余程不利にならない限り人質にすることはないはずだ。

 多勢に無勢で、さらに守りながら戦うとなると厳しいが、敵だけに集中できるならなんとかなる。


「それじゃ、いきますかっ!」


 ボスの鬼の横に立っているやつの前に、一気に飛び込む。


「え?」


 まさか自分が狙われると思っていなかったのか、目を丸くしている。

 そこをみぞおちに一撃入れる。


「うぐう」


 前のめりに倒れる鬼。


「次!」


 まだ臨戦態勢になっていない鬼を狙い、一撃を入れていく。

 なんとか3体ほど気絶させる。


「うおおおおお!」


 ボスの鬼が、後ろからオレに向かって殴ってくる。


「うおっと!」


 それを転がって回避。

 思ったより速いし、威力もヤバそうだ。


「油断するなと言ったろうが!」


 その言葉で、部屋の中の鬼全員が臨戦態勢になった。


 さすが。

 指揮をするのに慣れている。

 鬼たちの士気が一気に上がった。


「数で押せ! 一気に攻め立てろ」

「うおおおおおお!」


 ボスの鬼の指示に、5体の鬼がオレに襲い掛かってくる。


 悪くねえ策だが……。


「ぐあ!」

「いでっ!」


 オレが避けたことで、味方同士で互いの武器が当たる。


「いい策でもねーぜ」


 壁を背にして、こいよという感じで手招きをする。

 その挑発に、ブチ切れた鬼が3体ほどが武器を振り上げて向かって来る。


 今度はオレに当たる前に壁に当たって止まってしまう。


「なっ!?」

「はい、残念。おねんねしてな」


 顎を拳で打ち抜き、1体倒した後、顔面にハイキックと、みぞおちに一撃で3体ほどを戦闘不能にする。


「部屋の中で一気に襲い掛かるのは危険だぜ?」

「ぐぬぅ」


 今まで部屋の中で戦うということはなかったんだろう。

 慣れない状況での戦いは思考を鈍らせる。

 つい、いつものような戦いになってしまう。


 それはしゃーない。

 オレだって、ついついそうなっちまう。


 今回は支部長との特訓でリザードマンの群れと戦ったのが活きた。

 1対多数の戦い方を、あれで経験できた。

 今までのように全力で1体1体倒していたら、体力が持たなかっただろう。


 余程統制が取れた軍隊のような場合じゃない限り、こうやって相手の隙を突く戦法が有効だ。

 時間も稼げるし。


「距離を保って取り囲め。攻めるときは1人ずつだ!」


 さすが、経験がある。

冷静さを保ち、感情で部下を動かすのではなく、戦術で圧すタイプ。

 ……こういうやつ、嫌いじゃねえけど、戦うのは面倒なんだよな。


 そこからは防戦一方だった。

 鬼たちの動きがオレを倒すものから、逃がさない、仲間をフォローするものになった。


 やりずらいったらないな。


 動きを止めると、汗が噴き出してくる。

 息も結構、上がってきた。


 ジリ貧状態だ。

 あと5分もつかどうか。


「苦しそうだな。投降するなら、命は助けてやる」


 ボスの鬼がオレに倒された鬼たちを見てそう言った。

 たぶん、殺してないからの妥協案だろう。


 意外と優しいやつだ。

 こういうやつとはやりづらいんだよなぁ。


「乃々華を解放してほしいってのは……」

「話にならん」

「だよな」


 状況的にこっちが圧倒的に不利。

 こっち側から交渉できるはずがない。

 できるのは命乞いまでだろう。


 深呼吸して呼吸を整える。

 だが思ったより体に酸素が入って来ないから全然、息が整わない。

 心拍数も戻らないし、体も重い。


 疲れた。

 もう倒れこんで寝てしまいたい。


「じゃあ、第二ラウンドいこうか」


 ステップを踏み、構える。


「馬鹿が……」


 ため息をつき、手を振って鬼たちに指示を飛ばす。

 今度は一気に鬼が襲ってきた。


 体力が切れかかってるときに、それはヤバい。

 相手のミスを誘うどころか、攻撃を躱すだけで手いっぱいになる。


 そうなれば当然。


「うぐっ!」


 横なぎに振ってきた金棒がわき腹に突き刺さった。

 そのまま吹き飛ばされて、壁に激突する。


「がはっ!」


 叩きつけられた衝撃で倒れはしなかったものの、尻もちをついた状態になる。


 ヤバい。

 立てねえ。


「詰みだな」


 ボスの鬼がオレの前に立ち、見下ろしている。

 鬼が言う通り、この状況では詰みと言わざるを得ない。


 チラリとドアを見ると閉まっている。

 息をするのもだいぶ、キツイ。


「降参だ。一時休戦で頼む」

「ふん。賢明な判断だ。よし、こいつを縛り上げ……ん? 休戦だと?」

「そ。決着自体はもうちょい後」

「何を言ってる?」


 ボスの鬼が怪訝な顔をしている。


 そりゃそうだろう。

 圧倒的に不利な状態で、敵が笑っているんだからな。


 オレはポケットから、乃々華に渡したものと同じものを取り出す。

 そしてそれを口に当てる。


「なんだ、それ……は……」


 ボスの鬼がふらりとふらつく。


 それを皮切りに、バタバタと鬼たちが倒れ、気絶していく。


「なにが……起こって……いる?」

「あんたはハマっちゃったわけよ。オレの策に」

「策……だ……と?」


 鬼は白目を剥いて、前のめりに倒れる。

 そして、部屋の中で意識を保っているのはオレと乃々華だけになる。


「お待たせ、恵介くん」


 ドアを開けて結姫が部屋に入ってきた。


「遅いぜ、結姫」


 もう体力の限界。


 オレは崩れ落ちて、仰向けに倒れる。


 とにかく、これで決着。

 オレたちの勝ちだ。

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