「恵介くん、どうする?」
「うーん。そうだなぁ」
乃々華が鬼たちに捕まっているわけではないことはわかった。
鬼たちとの関係性を見る限り、街の人間たちより良好だろう。
そしてオレたちの任務は乃々華の生死の確認。
こうして生きていることも確認できた。
現時点で任務は達成できている。
つまり、オレたちはこれ以上、ここに残る必要はない。
「本当にここに残るのか? これが元の世界に帰る最後のチャンスだぜ?」
「……」
元の世界には家族や友達だっているはずだ。
さすがにラストチャンスとなれば、早々に決断できないだろう。
まあ、厳密に言うと全然ラストチャンスなんかじゃない。
この世界でスキルを使って暴れれば、他のエージェントが強制的に返還しに来ることになるだろう。
だが、ここはあえて乃々華の決意の固さを知りたくて、そういう言い方をしたのだ。
「乃々華。帰るんだ」
「え?」
答えを出せない乃々華に、ボスの鬼が優しく語り掛ける。
「恩は十分に返してもらったよ。感謝してもしきれないほどに」
本当にいいやつだな。
異世界の腐った勇者たちにも見習ってほしいくらいだ。
けど、そんな言葉は乃々華みたいな人には逆効果だぞ。
「……残ります。みんなをこのまま放っておくなんてできません」
ほらな。やっぱり。
「あっそ。じゃあ、帰ります」なんて人間が、ここまで慕われるわけがない。
お人よしなんだろう、乃々華は。
他人のために自分の人生を犠牲にするほどに。
そういうところがなんとなく穂佳と重なってしまう。
「……なあ。さっきから言っている、このままってのはなんなんだ?」
そんなオレの言葉に隣の結姫が思い切りため息を吐く。
「それ、聞くの?」
「しゃーねーだろ。ここまで言われたら気になるに決まってる。てか、これってもう聞いてくれって言われてるようなもんじゃねーか」
肩をすくめてそっぽを向いてしまう結姫。
まあ、言いたいことはわかるよ。
オレだってこの後の展開は、薄々わかってるし。
「どうなんだ? 秘密なら別に答えなくていいけど」
「いえ。あの街の人でないなら、秘密にする必要はありません」
「で?」
「みんなは黒血病(こくけつびょう)に罹っています」
「黒血病?」
「一種の伝染病です。しかも致死率が高い」
「げっ!」
慌てて口を手で塞ぎ、酸素缶を結姫に渡す。
「あ、大丈夫です。亜人特有の病気ですから、人間には罹りません」
「そ、そうか。それなら……」
よかったとは言えんよな。
鬼たちは実際に罹ってるんだから。
しかも結構大人数が。
「それで看病のために残りたいってわけだな?」
こくりと頷く乃々華。
オレの本音と結姫の視線が「これ以上は踏み込むな」と言っている。
だが、ここまで来た以上は戻れない。
「けど、延々と看病し続けるのか? 他の鬼たちにうつらないように、あんた一人で看病してるみたいだけど、それってジリ貧だぜ? なにか手立てでもない限り」
「解決策はあります」
やっぱりな。
そういう展開になるに決まってる。
わかってたさ。
「解決策って?」
……あ、結姫がめっちゃ睨んでる。
けど、しゃーねーだろ。
ここまで聞いちゃったんだからさ。
「黒血病に効く、特効薬が作れそうなんです」
「けど、その材料は、乃々華はもちろん鬼たちにも入手困難なんだろ?」
「どうしてわかるんですか?」
わかるって。
こういう展開になるなんて、誰だってわかる。
そもそも入手できるなら、とっくに薬を作ってるはずだ。
それに帰るのを渋った時点で、なにかしらの対応策があるけど、それが難しいっていうのがわかっていた。
「どこにあるんだ?」
「え?」
「材料。ある場所は特定できてるんだろ?」
「で、でも……どうして?」
「乗りかかった船だ。採って来てやるよ。ささーっとな」
「……ありがとうございます!」
乃々華がオレたちに向かって、深々と頭を下げる。
そしてオレの横では結姫が「そうなると思った」と呟く。
すまん……。
帰ったらコ〇ダのサンドウィッチ奢る。
「で、場所は?」
「はい。……その……」
乃々華が目を伏せて、言いよどむ。
うっ。なんか嫌な予感。
「宝物庫です。お城の」
うわーー!
超絶面倒な案件だ、これ!
「恵介くんが策を考えて」
結姫がそう冷たく言い放って、部屋を出て行ってしまったのだった。