勝った。
その安堵感と達成感で緊張が解けてしまう。
すると一気に疲れと痛みが襲い掛かってきた。
「ふう」
その場に尻もちをつく。
重力が倍になったくらい、体が重い。
寝転がりたいが、寝転がればもう立てなくなる。
なんとか座った状態を維持する。
「……再戦を申し出て破れるとは、恥の上塗りだな」
冷ややかな声が聞こえる。
その声でオレは血の気が引いた。
ヤバぇ。
フレっちに勝ったからって、終わりじゃなかった。
っていうより、返って状況は悪化したんじゃ……。
「もういい。こいつらを始末しろ」
大臣が兵士たちに合図を送る。
すると遠巻きに囲んでいた兵士たちがゆっくりと迫ってきた。
……ですよね。
大臣は元々そうするつもりだったし。
圧倒的な戦力差があったからこそ、大臣も余興として決闘をゆるしんたんだろう。
見ると、メイシスの方も大勢の兵士に囲まれている。
助けにいきたいが、体が動かない。
立ち上がるのがやっとだ。
逆にメイシスのところに駆けつけたら、足手纏いになりかねない。
「まいったな」
メイシスはオレが不利なのを見て、フレっちの気を逸らすために敢えて騒ぎを起こした。
そのせいで、自分が逃げ遅れてしまった。
本当にお人よしだな。
その好意を無駄にはしたくないが、かなり絶望的な状況だ。
さて、どうすっかな。
万策尽きた。
こういうときにするのは――時間稼ぎだ!
とにかく策を考える時間を作る。
「ふっふっふ。いいのか、大臣。兵士をそんなに不用意に近づけてよぉ?」
「なに?」
大臣が眉を顰める。
「大体、オレの方が決闘を受けるメリットなんてない。それを敢えて受けたのはなんでだと思う?」
メイシスを逃がすためだったんだけどね。
大臣は合図を送り、兵士たちの進行を止めた。
「決闘を見てただろ? オレはまだスキルを使っていない」
「……」
「けどよぉ。オレのスキルはちとアクが強くて、発動の条件が面倒くさいんだ」
「決闘をしている間にその条件を達成したと?」
「どうだろうねぇ。ま、あんたが考えて判断してくれ」
「ふむ……」
大臣が再び合図を送ると、兵士たちが進み始めた。
「ちょ、ちょ、ちょい待った! いいの? 全滅するぜ? 逃げるなら今のうちだぞ!」
「ふん。下手な嘘は止めるんだな」
「なんだと?」
「スキルの発動条件が整ったのなら、最初に兵士たちが近づいたときに発動させればいい」
「っ!」
ちぃ、バレたか。
まあ、そりゃそうだよな。
わざわざ敵に忠告する方がおかしい。
圧倒的不利な状態なら尚更だ。
「仮に本当だったとしても、兵を半分失うだけだ。半分も残れば貴様ら2人を殺すのにお釣りがくる」
くそ、頭のいい奴だ。
考え方は腐れ外道だが。
ハッタリで時間稼ぎも失敗。
国王を人質に取っても無意味だ。
というか、大臣が国王を殺したがっているんだから、喜んで攻めてくるだろう。
考えろ。
諦めるな。
諦めるのは死んでからでも遅くない。
「チェックメイト」
そのとき、小さくもよく通る綺麗な声が聞こえた。
聞き慣れた声。
オレのパートナー。
「結姫!」
「時間稼ぎ、ご苦労様」
大臣が乗る馬の後ろに座り、喉元にナイフを突きつけている結姫。
「くっ……仲間がいたのか」
「当然」
本当は残っているように言ったんだけどな。
心配で来てくれてたってところか。
「その男が決闘を受けたのも、ハッタリを言ったのも……」
「あなたの油断を誘うため」
「へっ! そうだぜ! これも策ってわけだ! 見事にハマっちまったなぁ。がはははは」
「……」
すみません。
調子こきました。
そんな冷たい目で見ないでください。
「兵を引かせる? 死ぬ?」
結姫が大臣の喉元に突き付けたナイフを強く押し付ける。
ツツーっと血が垂れる。
「降伏だ」
大臣が合図を送ると兵士たちは止まり、武器を手放す。
同時に、どこに潜んでいたのか鬼たちがワラワラと出てくる。
そして兵士たちを縛り上げていく。
大臣も馬から降ろされ、ロープで縛られる。
「大丈夫?」
呆然としているオレのところに来て、結姫が声をかけてくる。
もうなんていうか、尊い。
まるで女神だ。
「愛してるぜ、結姫!」
「死ぬ?」
大臣と同じこと言われた。
え? なに?
オレって敵のラスボスと同じってこと?
けど、そんないつもの結姫を見ると安心する。
……オレってドМなんだろうか。
「乃々華さんに診てもらって」
そう言ってオレに背を向け歩き出す結姫。
横髪を耳にかける。
その耳が、なぜかいつもより赤く見えたのだった。