唐突で意外過ぎる展開に頭の中が真っ白になる。
「お帰り」
結姫が先ほどと同じ台詞を吐く。
……えーと、ちょっと待ってくれよ。
オレは玄関を開けて、ドアに貼ってある表札を見る。
203号室。
間違いなく、オレの部屋だ。
ちなみに、オレが住んでいるのは押せば倒れそうなボロアパート。
穂佳が行方不明になり、穂佳の親でさえも諦めてしまったが、オレは必ず探し出すと決意した。
一人で探し続ける痛々しい姿に、オレの親も諦めるように言ってきた。
けど、オレは絶対に諦めたくなかった。
高校生活を全て穂佳を探すことに費やすため、高校も数ランク下のところにした。
まあ、元々学力はかなり下だったから、願書を書けば誰でも入れるような高校になったのだが。
……そんな高校でも落ちこぼれって、つくづくオレは馬鹿だよな。
そして自分の意地を通すためには親の迷惑はかけられない。
ということで、高校進学を機に一人暮らしをし、家賃や生活費、学校でかかる費用は自分で捻出している。
なので家はとりあえず雨風をしのげればいい程度の、格安の家を選んだというわけだ。
そのボロさ加減と言えば、逆に金を貰っても住みたくないというやつもいるかもしれない。
とにかく、そんなボロアパートの一室に気品あふれるお嬢様のような結姫がいるのはどう見てもミスマッチ。
どう見ても、監禁されているようにしか見えない。
……うーん。
あっ、わかったぞ!
幻覚だな?
そっか。なんだかんだいって、任務大変だったもんな。
自分で思ってたよりも疲れてたのか。
はー、やれやれ、驚かせやがって。
「なにしてるの?」
「どわあっ!」
結姫がドアの隙間から顔を出してきた。
心臓に悪い。
止まるかと思った。
「遠慮しないで入って」
「あ、ああ。それじゃ、お邪魔します……」
結姫に促されて部屋に入る。
女の子がいる部屋に入るなんて超ドキドキだ。
緊張しちまうぜ!
……って、なんでやねん!
オレの部屋だろうが!
「なに、一人でノリツッコミしてるの?」
「思考読まないで! 恥ずかしいからっ!」
部屋の中央にある小さいちゃぶ台の前に座っていると、結姫がお茶の入ったコップを持ってくる。
そしてそれをオレの前に置いて、オレの正面に座った。
「あ、どうも」
「こんなしょぼい物しかないけど」
「いいさ、お気遣いなく」
……ん? あれ?
ひょっとしてオレ今、家の冷蔵庫の中をディスられなかったか?
まあいいや。
とりあえず置かれたお茶を飲む。
うむ。
冷えてて美味いな。
安物だが、これが一番口に合う。
「さてと。落ち着いたところで、結姫」
「なに?」
「ここで何してる?」
「恵介くんを待ってた」
「あー、すまん。質問が悪かったな。質問を変えよう。なんでここにいる?」
「……母親が生んでくれたから?」
「違ぇーよ! なんでこの世界に存在しているか、を聞いたわけじゃねえ!」
どんだけ前提の話だよ!
まったく!
天然さんだな!
「わかった。一個一個、ちゃんと聞いていこう。どうやってここに入った?」
「ドアを開けて」
「あー、うん。窓からとか言われなくて安心したけど、そうじゃねーんだよな」
「……?」
首をかしげる結姫。
あー、くそ!
可愛いな!
「ドアに鍵かかってなかったか?」
「かかってた」
「じゃあ、入れないだろ」
「開ければいい」
「なんで開けられるんだよ!?」
「合鍵ある」
そう言ってポケットから合鍵を出して見せてくる。
「……なんで、お前がそれを持ってんだ?」
「ほとりさんがくれた」
「いや、くれたわけじゃないと思うぞ。貸しただけ……って、ちがーう! なんで支部長がオレの部屋の合鍵を持ってんだ……ん?」
あー、渡したわ。そういえば。
なんか緊急の時があったときのためにって言われて。
素直に渡しましたわ。
よくよく考えてみると、なんで緊急の時にオレの部屋の鍵が必要なんだよ!
勝手に入ってくる気か!?
オレのプライベートをなんだと思ってやがる!
「あれ? ちょっと待ってくれよ。じゃあ、支部長に言われて来たのか?」
「あ、忘れてた」
結姫はそういうとスッと立ち上がる。
そして壁際に置いてあるベッドの下を覗き込み始めた。
「結姫さんっ!? ななななにをしておられるんですか!?」
「ベッドの下に、恵介くんが見られたくない本があるから見て来いってほとりさんに言われた」
「やめてーー! ないから! エロ本なんてないからぁ!」
「あった」
そう言って結姫はベッドの下に隠してあった段ボールを引きずり出す。
「いやぁあああああ!」
慌てて止めようとするが時すでにお寿司。
パカッと開けられてしまう。
「……」
何も言わず段ボールの中をジッと見つめている結姫。
お願い、何か言って。
無言なのは余計傷つくから。
「これが見られたくない本?」
そう。
段ボールの中にはバリバリの濃いイラストのラノベや漫画。
そして、オカルトや都市伝説系の雑誌などなど、いわゆる厨二病といわれる人間が好むものがぎっしりと入っている。
いやいやいや。
言い訳させてくれ。
これはなんつーか、穂佳を探す手がかりとして、あいつの部屋を調べさせてもらったんだよ。
で、色々見ているうちに、こういうのも悪くないかなーとか思ってさ。
いや、待て。勘違いするなよ。
どっぷりとハマってるわけじゃねー。
嗜み程度だよ、嗜み程度。
大体、17歳の男子高校生なら普通だろ?
オレだけがそんなに特殊なわけじゃねー。
「口に出てないけど」
「しまった!」
慌てすぎて心の中で思っただけになっちまった。
「恥ずかしがることじゃないと思う」
「え?」
「少し、羨ましい」
そう言うと、少しだけ寂しそうな目をする結姫。
「私には夢中になれるものがないから」
確かに今まで結姫の口から趣味らしきものがあることを聞いたことがない。
あるとするなら、この前の任務でモフモフが好きということくらいだろうか。
いつも淡々と任務をこなして帰っていく。
そしてオレたちはあくまで仕事上でのパートナーというだけで友達ではない。
だから結姫とプライベートで会うなんてこともないわけだ。
せいぜい、任務が終わった後に奢るくらいか。
そのときもあまり会話という会話はない。
ただ、オレが結姫を眺めているだけの時間になっている。
そう考えるとなんかキモいなオレ。
まあ、それは置いておくとして。
「部活とかしてみたらどうだ? 結姫はかなり運動神経いいだろ?」
「……だからやらない」
「どういうことだ?」
「簡単にできてしまうから」
「ワーオ……」
言いたいことはわかる。
おそらく結姫は運動全般、なんでもすぐにこなしてしまうんだろう。
すぐになんでもできてしまう。
最初はそれが面白いかもしれない。
だが、逆に言うとすぐに結姫の中のマックス値に達してしまうんだろう。
つまり一定以上からは成長が止まってしまう。
スポーツは……いや、なんでもそうだが成長するから面白いのであって、何も変わらないのであればやることが苦痛になっていく。
天才ゆえの悩み。
天才にしかわからない悩み。
それに周りからもやっかまれるだろう。
天才は疎まれるものだ。
そんなのが楽しいわけがない。
「じゃあ、なにか勉強してみたらどうだ? 資格とか」
「……それもすぐに覚えられる」
「さいですか」
それは羨ましい。
万年赤点のオレに少しその能力を分けて欲しいくらいだ。
「んー。それなら読んでみるか、それ?」
そう言ってオレは段ボールの中を指差した。
「それは……恥ずかしい」
「恥ずかしがることじゃないって言いましたよね!? さっき!」
「……でも」
そう言って、結姫が本を一冊手に取った。
「恵介くんが言うなら、読んでみる」
「ああ。結構、面白いぜ。読んでみて損はなしだ」
「うん」
「けどな」
「なに?」
「……違うやつにしようか」
「なんで?」
結姫が手に取ったラノベは、ちょっとエロい内容のやつだった。