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第47話 初デートへ

「これだ! これがいい!」


 オレは段ボールの中から比較的ライトなライトノベルを選出して結姫に渡す。

 バリバリ男向けというよりは王道で万人受けしそうな内容なやつだ。

 ハーレムものを渡したところで理解できないだろうしな。


 あと異世界転生ものも避けた。

 というより、そもそもオレ自身読んでない。


 当然だ。

 そいつらを捕まえる仕事をしてんだからな。

 例え創作物だとしても、感情移入なんてしようものなら確実に仕事に支障をきたす。


 なので学園日常系のものにしたというわけだ。


「読んでみる」

「無理しなくていいからな。数ページ読んで合わなかったら止めていい。オレに気を使う必要はないぜ」

「気を遣うつもりはなかった」

「……そうですか」


 そういうことは言わなくていいんだぞ、結姫。

 そういう部分も、その本を読んで学んでほしい。


「そういえば、結姫って学校が終わったら何してるんだ? 仕事以外で」

「……」

「あー、言いたくないなら別に言わなくていい」

「なに……してるんだろ?」

「おいおい」


 顎に手を当てて真剣に考えている。


 別に一週間前の今頃、何をしてたかとか聞いたわけじゃないんだぜ?

 普段なにをしているのか聞いただけなんだけどな。

 そんなに悩まれると質問したこっちが悪い気がしてくる。


「大体でいいんだぜ? だいたいで。ほら、よく行く店があるとか、お馴染みの散歩コースがあるとかさ」

「高台に行っていることが多い」

「高台? 風景を見るのか?」

「風を感じられるから」

「風……。ああ、スキルのイメージトレーニングってやつか?」


 スキルは元の世界に戻ると使えなくなる。

 なのでエージェントはスキルを使いこなす訓練は、異世界に行き、実戦で感覚を掴んでいく方法が多いらしい。

 あとはイメージトレーニングも重要だとシャルが言っていたな。


 このへんはスキルがないオレにとってはわからない感覚なのだが。


 にしても天才肌の結姫も、裏ではちゃんと努力してたんだな。

 見直したぜ。


「風は気持ちいいから」

「……そうだな。風は気持ちいいよな」


 なんだよ。

 トレーニングじゃねーじゃねーか。

 感心した気持ちを返してくれ。


「……風に憧れているのかも」

「憧れる? どういうことだ?」

「風は優しく吹けば癒してくれる。逆に激しく吹けば傷付ける」

「そうだな」

「でも普段は無で存在していない」


 むう。なんか難しい哲学っぽい話になってきたな。

 ただ、いわんとしていることはなんとなくわかる。

 水も似たような性質を持っているが、決定的な違いは存在の有無だ。

 水は水として常に存在している。

 だが、風は吹く瞬間まで存在しない。


「……結姫は無になりたいのか?」


 もしそうだとしたら、オレなんかより結姫の方がよっぽど厨二病っぽい思考だ。

 無になりたいなんて、考えたこともないからな。


「逆。もっと感情豊かになりたい」


 結姫は普段は何を考えているかわからない。

 それは全くと言っていいほど表情が動かないからだ。

 言葉も最小限。

 だから感情が読み取れない。


 だが、そうじゃなかった。


 結姫にとって普段は何も感じてなかったんだ。

 つまりは『無』。

 感情という存在はあるが動いていない。

 無風状態というわけだ。


 そして結姫はその状態がもどかしいんだろう。

 だからこそ感情豊かに吹く風に『憧れ』ている。


 勉強もスポーツも、戦闘やスキルさえも天才の結姫はすぐに出来てしまう。

 できることが当たり前。

 当たり前だからこそ、感情は動かない。


 そんな結姫を周りの人間は不気味に思ったはずだ。

 理解できず、理解しようとせず、離れていった。


 結姫はずっと一人だったんだろう。

 そんなことが容易に想像できる。


「よし、結姫。今からデートするぞ」

「……デートってなに?」

「恋人同士で遊びに行くことだ」

「恵介くんは恋人なの?」

「いや、そこは『恵介くんは恋人じゃなくて変人』って突っ込めよ!」


 いつもの毒舌はどうした?

 今日は何なんだよ、やりづらいな。


「恵介くんは変人」

「そこだけ切り取るな! 突っ込みから、ただの罵倒になったぞ!」


 いつも通りのやり取りでちょっと安心する。

 ……やっぱりオレはMなのか?


「とりあえず行くぞ」

「恋人同士じゃない」

「突っ込みが遅ぇよ。……まあ、なんだ。予習ってことで」

「予習?」

「それ」


 オレは結姫が持っているラノベを指差す。


「いきなり読んでもわからんかもしれねーからな。理解するためにも実際にやってみた方がいいってわけだ」


 さすがに結姫とオレが付き合うときのための予行練習なんて言えねー。

 というか、結姫と付き合うなんていうビジョンがまるで浮かんでこない。

 そもそも結姫が男に興味を持っているというところが、まるで想像できないんだよな。


「わかった」


 結姫は頷いて立ち上がる。


 こうして急遽、結姫とデートをすることになったのだった。

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