眠い目を擦り、事務所へと向かう。
これから地獄の特訓が待っているかと思うと足取りが重い。
だが支部長が言うには、そういう気が乗らないときの方が特訓にはいいらしい。
やる気があるときは集中力が高く、いつもよりパフォーマンスが高い。
そうすると普段より動けてしまう。
そのときのイメージを持ったまま、いざ本番になったときにイメージとのズレが出る。
それが命取りになる……のだそうだ。
あくまで支部長の持論だから信用はできないが。
ただ、オレたちエージェントは任務中はいつ何時、何が起こるかわからない。
常に気を張っていられない。
それにいつでも万全の状態とは限らない。
傷を負うこともあれば、疲労が限界のときもある。
そんな状態でも敵は待ってくれないのだ。
なんて、わかっていてもやる気が出るわけではない。
……まあ、出たらダメなんだろうけど。
「ちーっす」
事務所に入ると、笑顔の支部長が出迎えてくれた。
気味が悪い。
支部長のその笑みは嬉しいというより、イタズラしているときの子供のような笑みだ。
「ゆうべはお楽しみでしたね」
「……ネタが古いですし、何もありませんでしたよ」
すると支部長は口を尖らせて肩をすくめた。
「ふむ。せっかくお膳立てしてあげたんだが。そんなことでは一生童貞のままだぞ」
「童貞と決めつけないでください」
……童貞ですけどね。
「それにしても残念だ。劇的に強くなったけいちゅけ少年が見れると思ったんだが」
「……某格闘漫画の主人公じゃないんですから。そんなんじゃ強くなれませんよ」
「いやいや。実際、大事な人ができるというのは馬鹿には出来んぞ」
「結姫はパートナーなんすよ。変に拗れて仕事ややりにくくなったらどうするんすか」
デートはしたけれども。
「にゃはは。それは悪かった。ではココアを淹れてくれ。とびっきり甘いやつをな」
そう言って事務所の机の方へ歩いていく。
どうせ立ってるんだから自分で淹れればいいのに。
そのままキッチンへ向かい、ココアを淹れる。
いつもよりも砂糖は控えめにして。
さすがにあの量の糖分はまずい気がする。
少しは健康にも気を使ってほしい。
「お待たせっす」
席に座っている支部長の前にココアを置く。
「ご苦労」
そう言ってココアに角砂糖をボトボトと入れ始める。
糖分少なめにした意味ねえ。
てか、せめて一口飲んでから足してくれよ。
「おはよう」
「っ!?」
突如、後ろから声をかけられたせいで、思わずビクッと体を震わせてしまう。
事務所には支部長とオレしかいないと思ってたから、不意打ちでかなりビビった。
そんなオレの様子を見て、支部長が「修業が足らんな、けいちゅけ少年」と笑みを浮かべている。
「……結姫? なんでいるんだ?」
「トレーニング。今回から参加する」
「そ、そうなのか。なら、昨日言ってくれよ」
「ほとりさんに言えと言われなかったから」
「隠せとも言ってないぞ」
ニヤニヤしながらココアを一口飲む支部長。
「けど、支部長。結姫は戦闘に関しては問題ないって言ってたじゃないっすか」
だから今までオレ一人が支部長のイジメに遭ってた。
「確かに結姫くん単体で言えば問題はない。Sランクの任務をこなす下手なエージェントよりも強いくらいだ」
「それならなんで?」
「連携はまるでダメだからな」
机の中から今までの任務の報告書を出して、ポンと置いた。
「今まで連携らしい連携が取れてないようだな。せいぜい、けいちゅけ少年が囮になって、止めを結姫くんが刺すくらいだろう?」
「……言われてみればそうっすね」
「これからは上の任務にも就いてもらうことになる。そうなれば二人の連携は必須だ」