その世界に降り立った時、目の前には異様な光景が広がっていた。
いや、どちらかというとオレや結姫にとっては馴染みというか見たことがあるような風景だ。
それなのに、なぜ異様と思ったのか。
それは『異世界』というイメージからはかけ離れたものだったからだ。
「なんつーか、立派な日本家屋だな……」
木造の家。三角で傾斜がついた屋根。
往来には馬に乗った人がちらほら。
その脇には着物姿の人が行き交っている。
さすがに刀を差している人や、ちょんまげを結っている人はいない。
ただ、髪の色が結構、様々だ。
赤色や金色、青色の髪の人もいる。
黒色が割合的には一番多く、半数ってところだった。
もし、髪の色が黒一色ならザ・江戸時代ってところだろうか。
実際、江戸時代に行ったことはないから、知らねーけど。
にしても普通、異世界と聞けば、西洋風なものをイメージするやつが多いんじゃないだろうか。
実際、オレが今まで行った異世界は全部、西洋っぽい感じだった。
しかし考えてみれば異世界は星の数ほどある。
一つくらい日本っぽい世界があったとしても別におかしいことじゃないんだろう。
割合的には少ないのかもしれないが。
「売っているものは結構違う」
結姫が店先に並んでいるフルーツらしきものを見て呟く。
確かに日本じゃ見ないというか、地球じゃ見ないような刺々しくどす黒いものが並んでいる。
あれ、本当に食えんの?
しかし、そんなことが一切気にならないほど、オレは感動に打ち震えている。
なななんと!
今回、結姫さんは着物姿なのだーーー!
うーむ。可愛い。
今まではその世界に合った、色々な洋装姿の結姫を見てきた。
その中には結構、きわどいものもあったが、なんつーか、今回のはオレの中で、一番のヒットかもしれん。
結姫の清楚な感じに、着物って合うんだよなぁ。
着物は控えめな胸の方が似合うっていうけど、確かにその通りだ。
結姫に凄く合ってる。
「死ぬ?」
無表情で冷徹な声。
怒っている表情じゃないのが余計に怖い。
そうだった。
結姫は(なぜかわからんが)オレの心を読めるんだった。
久しぶりだったから忘れてた。
「す、すまん。いや、似合ってるのは本当だ。可愛いぜ」
「……」
結姫の表情がふと緩んだ。
本当に僅かだが。
どうやら機嫌を直してくれたようだ。
にしても、着物を着るときって下着を付けないって聞いたが、結姫はどうなんだろうな。
変態っぽいかもしれないが、気になる。
「恵介くん。腹を切るのと、首を切られるの、どちらがいい?」
しまったー!
オレの馬鹿。心を読まれてるって思い出したばっかりじゃねーか。
「えっと、あまり変わらなくないか? その二択」
「苦しみ度合いが違う」
「そ、そうですか……」
しかし、心が読まれているとわかっていても、ついつい思ってしまう。
怒った顔も、着物姿だとなんか可愛い、と。
すると結姫はふいっと視線を服屋らしき店に移した。
「……恵介くんは着替えないの?」
ポリシーというわけではないが、オレは基本、その世界の服装に合わせない。
ぶっちゃけて言うと、単に面倒くさいからなのだが、前回の任務みたく着替えないことによっていい意味でも悪い意味でも目立つことができる。
それで囮役になれたりするというのもあったりする。
ただ、やっぱり面倒くさいというのが一番大きいけどな。
とはいえ、今回に関しては結構悩んでいる。
着物か。ちょっと来てみたい。
とはいえ、動きづらそうなんだよな。
「恵介くんも似合うと思う」
「お? マジで?」
「農民みたいで」
「……あっそう」
あんま嬉しくないなぁ。
とはいえ、武士っぽいと言われても嘘くさい感じがするけど。
「さてと。観光気分はここまでにして、どうするか考えないとな」
「そうね」
立ち止まり、遠くに見える巨大な城を見上げる。
「たぶん、あそこにいるよな、今回の対象者」
「英雄と呼ばれているから間違いないと思う」
今回の任務は前回のような変わったものではなく、連れ戻すというドノーマルなものだ。
任務のランクはA。
いつもと同じような任務なのにランクが高いのは、対象者のスキルがかなりのチート級なものだからだ。
間違っても、源五郎丸のときのように考えなしに突っ込むわけにはいかない。
一応は策をいくつか練っては来たが、今回は対応力がものをいう戦いになりそうだ。
できればこちらに有利な条件で戦いたい。
不意打ちで気絶させて送り返せればベストなんだがな。
「とにかく対象者本人を見つけないと始まらないからな。ささっと侵入しますかね」
拳をゴキゴキと鳴らし、やる気を出した瞬間に周りが騒ぎ始めるのだった。