交渉が決裂したことで、緊迫した空気に一変する。
しかも最悪なことにリチャードは立っていて、オレたちは座った状態だ。
それでなくてもリチャードは詠唱せずに魔法を放つことができる。
この状態からだと、どうやってもリチャードの魔法を避けることができない。
なかなかの策士だ。
というかずっと手玉に取られっぱなしだな。
これは任務が終わったら、支部長からも折檻されるコース確定だ。
さらにマズいのはこの部屋にはリチャードとオレと結姫の3人しかいないことだ。
リチャードは広範囲、つまりはこの部屋全体に対して魔法を放つことができる。
つまり、3人だけになったのは対等な交渉の場を演出しつつ、いざ戦闘になれば巻き添えにならないための二段構えといったところだろう。
「私は君を気にっている。……このまま帰ってはくれないか?」
「この状況だと、話し合いじゃなく命令に聞こえるぜ?」
「そのつもりで言っている」
気に入っているという点も本当だろう。
そうじゃなければ、とっくに魔法を発動しているはずだ。
うーん。
まいったなぁ。
こりゃ、不利だ。
とはいっても、今はさっきとは違って結姫がいるから詰みじゃないどころか、6対4ってくらいの状況だろう。
結姫もいつでもスキルを発動できるように臨戦態勢だ。
このままやっても勝てなくはないだろうけど、絶対に無傷では済まない。
それどころか致命傷を受ける確率の方が高い。
そんな博打を打つのは、本当にどうしようもなくなったときだけだ。
まずはやれることをやる。
それにオレ自身もリチャードのことを気に入ってしまっている。
できれば戦いたくはない。
「まあ、待てよ。まだ交渉は終わってないぜ?」
「私は引く気はない。君たちが妥協するしか道はないと思うが」
「いや、あるぜ。どちらも妥協しない、3つ目のルートが」
オレがそう提示すると、隣の結姫がため息をついて臨戦態勢を解いた。
どうやら結姫にはオレがこれから言う方法がわかったようだ。
確かにオレたちもリチャードも、妥協しない選択肢。
ただ、それはオレたちが非常に面倒くさいことになる。
「……どういうものだ?」
「あと2日で西の大国を落とす」
***
お互い、その場を無傷でやり過ごすためにはこの方法しか思いつかなかった。
だが実際、それはほぼ不可能といっていいほどハードルが高い。
「まず、オレたちはこの世界の人間には手を出せない」
時間がないので、すぐその場で具体的な作戦を立てることになった。
ここまで来たら、もう情報は隠してはいられない。
リチャードが裏切れば、オレたちは絶体絶命だがそこは信じることにする。
結姫も完全には納得してはいないようだが、口を出してこないということは飲み込んでくれたのだろう。
「私は大丈夫なのか? 魔法を使っても」
「ああ。オレたちが捕まえる前までは何をやってもいい。大抵は捕まる際に全力で抵抗するからな」
「なるほど。それなら君たちには迷惑がかからないというわけだな」
「その辺は考えなくていい。ただ、殺しは許容しない」
「わかった。私も殺生したいわけではない」
「確認だが、西の大国を落とすのは、王族を捕縛するということでいいんだよな?」
「無論だ。処刑などすれば遺恨が残るし、戦いの火種を生み、平和とは言えなくなる」
仮にそうしたところで、完全に平和を築けるわけではないと思うが、そんなことはリチャード自身も気付いているだろう。
今後、数十年、この国が平和であればいい。
そのくらいが妥協点だろう。
「そうなると、私が主戦力で戦うしかないな。だがそれだと……」
「時間が足りない」
リチャードが大きく頷く。
それができるのであればとっくにやっているはず。
しかも今回の相手は死霊や魔王ではなく人間だ。
死者を出さないように戦うとなると余計に時間が掛かってしまう。
「戦力差はどのくらいあるんだ?」
「ざっと3倍というところだな」
「3倍かぁ……」
非常に厳しい。
やはり今まで戦えたのはリチャードの力が大きかったのだろう。
リチャードの力を見せつけ、相手の心を折る。
そういう戦い方をしていたはずだ。
その戦略でいけば2日どころか2年以上かかる。
「正攻法は無理」
結姫が諦めた方が早いと言わんばかりにそう呟いた。
任務は絶対に諦めない結姫だが、今回の作戦は直接任務とは関係ない。
気が乗らないのも仕方ないだろう。
「正攻法が無理なら、相手の意表を突くしかねーよな」
「意表を突くと言ってもどうやってだ?」
「オレたちのことはまだ西の大国にはバレていない。だからそのアドバンテージを使う」
やっぱ、これしか方法はないよな。
あーあ。
なんでいつもオレは苦労する方法ばかり取っちまうんだ?
自分から言い出してるんだから、やるしかねーけど。
「つまり、オレが西の大国の城に忍び込んで、国王を捕まえてくる」
はあ……。
オレ、忍び込んでばっかりだな。