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第65話 突然、それはないだろ

 倒れた王様を縛り上げる。

 あとはリチャードが来るのを待つのみだ。

 それなのに、ずっと結姫が難しい顔をしている。


 なんだ?

 勝ちには勝ったが、ギリギリだったのが気に食わないのか?

 確かに紙一重で、下手をすれば死んでいた可能性はあった。

 ただ、このくらいの修羅場は、一緒に切り抜けてきた。

 怒るほどのこともないと思うんだが……?


「そうじゃなくて……。おかしいと思う」

「何がだ?」


 すっかり心の中の声からの会話が板についてきちまったな。


「この程度で切り札?」


 結姫の、その言葉でオレはハッとする。


 確かに王様は強かった。

 その辺の兵士はもちろん、異世界の一般的なモンスターでも圧勝できるだろう。

 だが、それはあくまで「隊長」クラスでの話だ。

 リチャードのような、国に影響を及ぼす力と比べれば話にならない。


「……リチャードは、違う戦場で引きつけているから、その間にあっちの国を取るつもりだったとか?」

「戻ってきたら終わり」


 そりゃそうだ。

 リチャードがいない間に、一時的に国を占領できるかもしれない。

 だが、リチャードが敵兵を倒して戻ってくれば、すぐに取り返されるはず。

 最悪、そのままの勢いでこの国にも攻められ、占領される。


「さすがにそこまで計算できてない……とか?」

「軍を2つに分けるくらいの戦略が練られるのに?」

「だよなぁ」


 その程度のことに気付かないわけがない。

 なにより、この世界はずっとリチャードによって、良くも悪くも振り回されているのだ。


 つまりリチャードを何とかしない限り、この国に先はない。

 それは誰にだってわかっているはず。


「……切り札は他にもある、ってことか?」

「可能性は高い。……でも」


 結姫は気絶している王様を見下ろす。


 仮に切り札があったとするなら、王様を守らせているはずだ。

 この国は『王国』。

 文字通り、王を取られればほぼ詰みだ。


 リチャードのような存在がいれば別だが、それでも王は守ろうとするのは当たり前。

 王が死ねば、国の民は残っても『王国』は滅ぶ。

 それを現国王が良しとするはずがない。


「うーん。考えても答えは出なさそうだな。一旦は、警戒しつつ、王様が馬鹿だったってことで」

「そうね」


 常に最悪の事態を考えるのは大事だ。

 だが、考えすぎて疲弊するのも無意味。


 この場には結姫もいるし、リチャードだってもう少しすれば来るはず。

 なにがあっても、大抵のことは切り抜けられ――。


 そのときだった。


 ガン、という鈍い音が響いたと思ったら、突然四角い真っ黒な扉が出現した。

 さっきまで何もない空間に、だ。


 扉というよりも穴といった方が近いかもしれない。


 ただ、それはどこかで見たことがあるような感覚がする。

 どこだったかは思い出せない。

 だけど、よく見るような身近なもののような気がする。


「恵介くん」

「わかってる」


 オレの中の警戒アラームがガンガン鳴っている。

 ある意味、源五郎丸のときのドラゴンよりもヤバい感じだ。


 王様を部屋の端に移動させ、穴を警戒する。


 結姫からも緊張が伝わってきて、頬から一筋の汗が流れていた。


「ブラックホールで吸い込まれるとか、ないよな?」


 ここから退散するという手もあるか、と思った時だった。


 不意に穴からゴツイ腕がヌッと出てくる。

 明らかに人間の腕じゃない。


 次に足、胴体、そして頭が出現した。


 ――トロル。


 ファンタジー世界でよく出てくるモンスターだ。

 もちろん、オレも見たのは初めてというわけじゃない。

 任務で何度も見ているし、何体も倒した。


 だから『この世界じゃなけりゃ』なんてことはない。

 問題なのは、なぜ『この世界にいる』かだ。


 当然、この世界に来る前に、資料に目を通してある。

 この世界にはスキルもなければ、魔法もない。

 そして――モンスターも、だ。


「……資料が間違ってたってオチか?」

「あり得ない」


 本部は世界の『データ』を引き抜いて資料にしているらしい。

 だから、調査不足だの、見落としただのは絶対にない。


「けど、実際、目の前にいるんだぜ?」

「……あり得ない」


 トロルが完全に穴から出てきた。


 と同時に、全身の肌が泡立つのを感じる。

 いわゆる鳥肌ってやつだ。


 これ、ホントにトロルか?


 今まで倒してきたちょっと強い程度の雑魚トロルとは桁が違う。

 もしかすると、今まで見てきたどんなモンスターよりも化け物じみている。


 そう感じるほどの威圧感があった。

 見た目は普通のトロルなのにだ。


 なんなんだ、こいつは?


「恵介くん、切り替えて」


 そうだ。

 こいつが何なのかなんていうのは、今は関係ない。


 考えるべきことは『どう対処する』かだ。


 そして、オレたちが臨戦態勢をとった瞬間、トロルが襲い掛かってきた。

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