倒れた王様を縛り上げる。
あとはリチャードが来るのを待つのみだ。
それなのに、ずっと結姫が難しい顔をしている。
なんだ?
勝ちには勝ったが、ギリギリだったのが気に食わないのか?
確かに紙一重で、下手をすれば死んでいた可能性はあった。
ただ、このくらいの修羅場は、一緒に切り抜けてきた。
怒るほどのこともないと思うんだが……?
「そうじゃなくて……。おかしいと思う」
「何がだ?」
すっかり心の中の声からの会話が板についてきちまったな。
「この程度で切り札?」
結姫の、その言葉でオレはハッとする。
確かに王様は強かった。
その辺の兵士はもちろん、異世界の一般的なモンスターでも圧勝できるだろう。
だが、それはあくまで「隊長」クラスでの話だ。
リチャードのような、国に影響を及ぼす力と比べれば話にならない。
「……リチャードは、違う戦場で引きつけているから、その間にあっちの国を取るつもりだったとか?」
「戻ってきたら終わり」
そりゃそうだ。
リチャードがいない間に、一時的に国を占領できるかもしれない。
だが、リチャードが敵兵を倒して戻ってくれば、すぐに取り返されるはず。
最悪、そのままの勢いでこの国にも攻められ、占領される。
「さすがにそこまで計算できてない……とか?」
「軍を2つに分けるくらいの戦略が練られるのに?」
「だよなぁ」
その程度のことに気付かないわけがない。
なにより、この世界はずっとリチャードによって、良くも悪くも振り回されているのだ。
つまりリチャードを何とかしない限り、この国に先はない。
それは誰にだってわかっているはず。
「……切り札は他にもある、ってことか?」
「可能性は高い。……でも」
結姫は気絶している王様を見下ろす。
仮に切り札があったとするなら、王様を守らせているはずだ。
この国は『王国』。
文字通り、王を取られればほぼ詰みだ。
リチャードのような存在がいれば別だが、それでも王は守ろうとするのは当たり前。
王が死ねば、国の民は残っても『王国』は滅ぶ。
それを現国王が良しとするはずがない。
「うーん。考えても答えは出なさそうだな。一旦は、警戒しつつ、王様が馬鹿だったってことで」
「そうね」
常に最悪の事態を考えるのは大事だ。
だが、考えすぎて疲弊するのも無意味。
この場には結姫もいるし、リチャードだってもう少しすれば来るはず。
なにがあっても、大抵のことは切り抜けられ――。
そのときだった。
ガン、という鈍い音が響いたと思ったら、突然四角い真っ黒な扉が出現した。
さっきまで何もない空間に、だ。
扉というよりも穴といった方が近いかもしれない。
ただ、それはどこかで見たことがあるような感覚がする。
どこだったかは思い出せない。
だけど、よく見るような身近なもののような気がする。
「恵介くん」
「わかってる」
オレの中の警戒アラームがガンガン鳴っている。
ある意味、源五郎丸のときのドラゴンよりもヤバい感じだ。
王様を部屋の端に移動させ、穴を警戒する。
結姫からも緊張が伝わってきて、頬から一筋の汗が流れていた。
「ブラックホールで吸い込まれるとか、ないよな?」
ここから退散するという手もあるか、と思った時だった。
不意に穴からゴツイ腕がヌッと出てくる。
明らかに人間の腕じゃない。
次に足、胴体、そして頭が出現した。
――トロル。
ファンタジー世界でよく出てくるモンスターだ。
もちろん、オレも見たのは初めてというわけじゃない。
任務で何度も見ているし、何体も倒した。
だから『この世界じゃなけりゃ』なんてことはない。
問題なのは、なぜ『この世界にいる』かだ。
当然、この世界に来る前に、資料に目を通してある。
この世界にはスキルもなければ、魔法もない。
そして――モンスターも、だ。
「……資料が間違ってたってオチか?」
「あり得ない」
本部は世界の『データ』を引き抜いて資料にしているらしい。
だから、調査不足だの、見落としただのは絶対にない。
「けど、実際、目の前にいるんだぜ?」
「……あり得ない」
トロルが完全に穴から出てきた。
と同時に、全身の肌が泡立つのを感じる。
いわゆる鳥肌ってやつだ。
これ、ホントにトロルか?
今まで倒してきたちょっと強い程度の雑魚トロルとは桁が違う。
もしかすると、今まで見てきたどんなモンスターよりも化け物じみている。
そう感じるほどの威圧感があった。
見た目は普通のトロルなのにだ。
なんなんだ、こいつは?
「恵介くん、切り替えて」
そうだ。
こいつが何なのかなんていうのは、今は関係ない。
考えるべきことは『どう対処する』かだ。
そして、オレたちが臨戦態勢をとった瞬間、トロルが襲い掛かってきた。