轟音と爆風が部屋の中に充満する。
結姫のスキルとトロルのスキルが激突した余波だけで吹き飛ばされそうだ。
にしても、すげー威力だな。
これならトロルは原型を留めてないだろう。
通常なら、いくらモンスターと言えどもオレたちエージェントは殺すことはできない。
だが、トロルは本来この世界にはいない存在。
実際、本部から貰った資料にはトロルのことは書いてなかった。
であるなら、このトロルはこの世界の存在ではないから、殺してもオッケー。
もし結姫が罰を受けさせられると言うなら、本部の情報ミスだと騒ぎ立ててやる。
こっちは命を懸けてるんだ。
ミスでした、なんてもんじゃ済まされない。
仮にエージェントがミスをすれば、エグゼキュタが抹殺しにやってくる。
本部だけミスを許されるなんて、許されない。
それにしても、このトロルは一体、なんだったんだ?
今になっては調べる方法は、トロルが現れた穴くらいだろうか――。
「恵介くん!」
「っ!?」
突然、側頭部に衝撃が走る。
オレは衝撃に逆らわず、身を任せて吹き飛ぶ。
床を転がりながら、勢いを殺していく。
だが、完全に勢いを殺す前に壁に激突する。
衝撃が一気に背中に集約された。
「がはっ!」
口の中に鉄臭さが充満する。
内臓のどっかがやられたか?
首と背中が猛烈に痛ぇ。
「大丈夫!?」
結姫が駆け寄ってくる。
「あ、ああ……なんとか」
結姫の声が遅れていたら、反応できずにモロに衝撃を受けることになってた。
そうなれば、首の骨が折れてゲームオーバーだった。
グッジョブ、結姫。
「グッジョブついでに、立つのを手伝ってくれるか?」
「恵介くんは寝てて」
部屋の中央を睨みつけている結姫。
そこにはトロルが立っていた。
薄気味悪い笑みを浮かべている。
「マジかよ……」
結姫のスキルが全く効いていない。
ということはトロルのスキルが、完全に結姫のスキルを上回ったということだ。
オレたちの中では結姫のスキルが最大火力だ。
それをあっさりと弾いた。
つまりオレたちにとってトロルのスキルは絶対防御と言っていいことになる。
「……当たるまで撃てばいい」
結姫が刀を手放そうとする。
「諦めるのは死んでからでも遅くないぜ、結姫」
「……別に諦めたわけじゃない」
何とか自力で立ち上がる。
深呼吸を数回繰り返すことで、体と心を落ち着かせる。
大丈夫、まだやれる。
「寝ててと言ったはず」
「トロルは全身にバリアを張れるんだぜ? いくら連続で撃っても、守りに徹せられたら絶対に当たらない」
「……」
「なら、何とかして奴に隙を作り出させなきゃならない。それができるのはオレだけだ」
「ダメ。そんなの死ぬだけ」
「だーいじょうぶだって」
「恵介くんは死なせない」
結姫が真剣な目で見てくる。
本気だ。
自分が死んでも、オレを守る気だという決意が伝わってくる。
それなら、オレも本気の覚悟を見せるしかない。
「結姫は前に、もっとパートナーを信頼しろって言ったよな?」
「だから、私が――」
「オレを信頼してくれないか?」
「……」
「オレがこの程度でへこたれるとでも思ってるのか?」
「思ってる」
おいおい。
雰囲気ぶち壊すなよ。
「でも、信頼してる。恵介くんなら何とかするって」
「よっしゃ! 任せとけ」
なんだか急に力が湧いてきた。
はは。興奮してエンドルフィンでも出てんのかもな。
「悪いな。待っててもらっちまって」
オレは前に出て、トロルと向き合う。
「もっと戦う。二人で来い」
どうやら、このトロルは王様と同じで戦闘ジャンキーらしい。
まだまだ戦いを終わらせたくないんだろう。
「へっ! 不意打ちするような奴がよく言うぜ」
「……イラついたから」
バツが悪そうにポリポリと頭を掻くトロル。
おそらく結姫のスキルにビビったんだろう。
それで思わず、オレに八つ当たりした、ってところか。
「じゃあ、第二ラウンド開始ってことで」
「二人で来い!」
「悪いな。お前だと力不足なんだ」
怒りの表情を見せるトロル。
うん。
その単細胞なところ、好きだぜ。
「お前、もう動けない。弱い」
「ハンデっつーの? これくらいダメージ負ってないと、勝負にならんのよ」
「ぶっ殺す!」
殺気をまき散らしながら、ずんずんとこっちに向かって来る。
「死ね!」
棍棒を振り回すトロル。
頭に血が登ってるせいで、雑になってるぜ。
これなら、避けるのなんざ、余裕だ。
トロルがブンブンと棍棒を振り回すのを、オレは紙一重で避けていく。
「おいおいおい。瀕死の奴にも当てられないのか?」
「ウオオオオオオ!」
トロルが思い切り棍棒を振り上げる。
かかった。
奴は攻撃するときはスキルを使えない。
振り下ろすより先に、こっちの拳を叩き込む。
「おらっ!」
トロルのどてっぱらに、渾身の一撃を入れ――。
ガキン!
オレの拳が当たる前に、トロルはスキルを発動したのだった。