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第69話 絶望の中で出来ること

 目の前で虐殺が行われていた。


 モンスターたちによる、無慈悲な侵攻。

 住民たちはもちろん、兵士たちでさえ、武器を捨てて逃げ出している。

 しかし、そんな戦意を喪失した人間に対しても、モンスターたちは一切の慈悲は与えない。

 後ろから、斧や牙、炎で襲い掛かる。


 異世界の中ではこの光景は珍しくないのだろう。

 モンスターが跋扈する世界では、日々、モンスターたちによって虐殺が行われている。

 だからこそ、人間たちはそれに対抗しうるために『勇者』を呼び出すのだ。


「おえええっ!」


 胃からこみあげてくるものを抑えきれず、オレは吐しゃした。


 オレがいつも任務で行っていたのは『平和になった後の世界』だ。

 勇者がその世界の脅威を排除した後。

 オレが戦うのは勇者と呼ばれた『人間』だけ。


 もちろん、モンスターと戦うことはあった。

 だが、ここまで人の死を目の当たりにするのは初めてだ。


「貴様らぁーーーーーー!」


 リチャードが魔法を発動し、ワイバーンの頭を木っ端微塵にする。

 しかし、それは大量のモンスターの中の1体に過ぎない。

 現にモンスターたちによる虐殺は続いている。


「はああああああ!」


 結姫がサイクロプスをスキルで吹き飛ばす。

 そのことでモンスターたちは一瞬怯むが、焼け石に水だった。


 けど、それでもやるしかない。

 こんなところで呆然としている場合じゃない。


「うおおおお!」


 近くにいるオークの群れに突っ込む。

 振り回す斧を潜り抜け、顔面をぶん殴る。


 手加減話だ。

 ……というより、できない。


 それでなくても動くたびに体が軋むし、30キロくらいのカバンを背負ってるくらい体が重い。


「おらあ!」


 次のオークの顔に膝蹴りを放つ。


 泣き言なんて言ってられない。

 オレは肉弾戦しかできない。

 巨大なワイバーンやサイクロプスとは戦えない。

 だから、大型はリチャードや結姫に任せて、中型のモンスターはオレが倒す。


 10体くらいのオークの群れを叩きのめす。


 よし、次はオーガだ!


 逃げ惑う兵士を追いかけているオーガに向かって走る。


 が、そのとき。

 背中に衝撃が走った。


「うぐぅ!」


 振り向くと、後ろに人の頭くらいの岩が転がっている。

 どうやら、その岩で攻撃されたようだ。


 投擲か?


 そう思っていると、次々と岩や、瓦礫、刀なんかも飛んでくる。


 なんだ?


 辺りを見渡すが、物を投げているような奴はいない。

 ――が。


 遠くで手を広げているオーガがいる。

 そのオーガの周りの物がフワフワと浮き、そしてそれがオレに向かって飛んで来た。


「くっ!」


 間一髪で避けることに成功する。


 しかし。

 いや、まさか。


 ――スキル。


 考えてみれば、穴から出てきたトロルもスキルを使っていた。

 なので、こいつらも使えてもおかしくはない。


 改めて周りの状況を見る。


 大半のモンスターは普通に暴れているが、中には明らかに異質な動きをしている奴がいる。

 爆発や氷の矢、分裂しているやつもいた。


 うそ……だろ?


 数でも圧倒的に不利なのに、さらにスキルを使うやつがいるだと!


 どうする!?


 策を練ろうとするが、頭が真っ白だ。

 絶望感しか湧き出てこない。


 考えろ。諦めるな。

 諦めるのは死んでからで遅くない。


 とりあえず、厄介なスキル持ちから倒していくしかない。

 そして、一番厄介そうなのは分裂してるオーガだ。


 そのオーガに向かって走ろうとした時だった。

 不意に腕を掴まれる。


 しまった!


 慌てて振りほどこうとしたが、掴んできたのはリチャードだった。


「もういい。元の世界に戻るんだ」


 何を言い出すかと思えば、帰れだと?

 この状況で?


「おいおい。何言ってんだよ。今は一人でも戦力が必要な時だろ?」

「わかっているはずだ。今、一人二人増えても意味がないことに」

「……」


 確かにそうだ。

 この戦力差ではどうやっても勝てるわけがない。

 足掻いたところで、死を先延ばしにするだけだ。


「けど、だからって逃げるわけにはいかねーだろうが!」

「いいんだ。君たちはこの世界の人間を助ける義理はない。そうだろう?」


 リチャードのいうとおり、オレたちの任務は対象者を連れ帰ること。

 別にその世界の人間を救えというものではない。


「……お前はどうするつもりだ?」

「私にはあるんだ、義理が。いや、情と言った方がいいかもしれない」

「情のために死ぬのか?」

「この世界は、初めてできた居場所なんだ」


 そう言ってリチャードは笑った。


 乃々華と同じだ。

 リチャードも地球では居場所を見つけられなかったのだろう。


「すまないな。君たちの目的を達成させてやれなくて」


 そして、リチャードはモンスターの群れの中へと突っ込んでいった。

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