目の前で虐殺が行われていた。
モンスターたちによる、無慈悲な侵攻。
住民たちはもちろん、兵士たちでさえ、武器を捨てて逃げ出している。
しかし、そんな戦意を喪失した人間に対しても、モンスターたちは一切の慈悲は与えない。
後ろから、斧や牙、炎で襲い掛かる。
異世界の中ではこの光景は珍しくないのだろう。
モンスターが跋扈する世界では、日々、モンスターたちによって虐殺が行われている。
だからこそ、人間たちはそれに対抗しうるために『勇者』を呼び出すのだ。
「おえええっ!」
胃からこみあげてくるものを抑えきれず、オレは吐しゃした。
オレがいつも任務で行っていたのは『平和になった後の世界』だ。
勇者がその世界の脅威を排除した後。
オレが戦うのは勇者と呼ばれた『人間』だけ。
もちろん、モンスターと戦うことはあった。
だが、ここまで人の死を目の当たりにするのは初めてだ。
「貴様らぁーーーーーー!」
リチャードが魔法を発動し、ワイバーンの頭を木っ端微塵にする。
しかし、それは大量のモンスターの中の1体に過ぎない。
現にモンスターたちによる虐殺は続いている。
「はああああああ!」
結姫がサイクロプスをスキルで吹き飛ばす。
そのことでモンスターたちは一瞬怯むが、焼け石に水だった。
けど、それでもやるしかない。
こんなところで呆然としている場合じゃない。
「うおおおお!」
近くにいるオークの群れに突っ込む。
振り回す斧を潜り抜け、顔面をぶん殴る。
手加減話だ。
……というより、できない。
それでなくても動くたびに体が軋むし、30キロくらいのカバンを背負ってるくらい体が重い。
「おらあ!」
次のオークの顔に膝蹴りを放つ。
泣き言なんて言ってられない。
オレは肉弾戦しかできない。
巨大なワイバーンやサイクロプスとは戦えない。
だから、大型はリチャードや結姫に任せて、中型のモンスターはオレが倒す。
10体くらいのオークの群れを叩きのめす。
よし、次はオーガだ!
逃げ惑う兵士を追いかけているオーガに向かって走る。
が、そのとき。
背中に衝撃が走った。
「うぐぅ!」
振り向くと、後ろに人の頭くらいの岩が転がっている。
どうやら、その岩で攻撃されたようだ。
投擲か?
そう思っていると、次々と岩や、瓦礫、刀なんかも飛んでくる。
なんだ?
辺りを見渡すが、物を投げているような奴はいない。
――が。
遠くで手を広げているオーガがいる。
そのオーガの周りの物がフワフワと浮き、そしてそれがオレに向かって飛んで来た。
「くっ!」
間一髪で避けることに成功する。
しかし。
いや、まさか。
――スキル。
考えてみれば、穴から出てきたトロルもスキルを使っていた。
なので、こいつらも使えてもおかしくはない。
改めて周りの状況を見る。
大半のモンスターは普通に暴れているが、中には明らかに異質な動きをしている奴がいる。
爆発や氷の矢、分裂しているやつもいた。
うそ……だろ?
数でも圧倒的に不利なのに、さらにスキルを使うやつがいるだと!
どうする!?
策を練ろうとするが、頭が真っ白だ。
絶望感しか湧き出てこない。
考えろ。諦めるな。
諦めるのは死んでからで遅くない。
とりあえず、厄介なスキル持ちから倒していくしかない。
そして、一番厄介そうなのは分裂してるオーガだ。
そのオーガに向かって走ろうとした時だった。
不意に腕を掴まれる。
しまった!
慌てて振りほどこうとしたが、掴んできたのはリチャードだった。
「もういい。元の世界に戻るんだ」
何を言い出すかと思えば、帰れだと?
この状況で?
「おいおい。何言ってんだよ。今は一人でも戦力が必要な時だろ?」
「わかっているはずだ。今、一人二人増えても意味がないことに」
「……」
確かにそうだ。
この戦力差ではどうやっても勝てるわけがない。
足掻いたところで、死を先延ばしにするだけだ。
「けど、だからって逃げるわけにはいかねーだろうが!」
「いいんだ。君たちはこの世界の人間を助ける義理はない。そうだろう?」
リチャードのいうとおり、オレたちの任務は対象者を連れ帰ること。
別にその世界の人間を救えというものではない。
「……お前はどうするつもりだ?」
「私にはあるんだ、義理が。いや、情と言った方がいいかもしれない」
「情のために死ぬのか?」
「この世界は、初めてできた居場所なんだ」
そう言ってリチャードは笑った。
乃々華と同じだ。
リチャードも地球では居場所を見つけられなかったのだろう。
「すまないな。君たちの目的を達成させてやれなくて」
そして、リチャードはモンスターの群れの中へと突っ込んでいった。