「待て、リチャード!」
「ダメ」
リチャードを追おうとしたとき、結姫が後ろから抱き着いてきた。
「放してくれ、結姫」
「撤退する」
まさかの結姫からの撤退宣言。
結姫は今までどんな状況でも、決して任務を諦めようとしなかった。
「けど、リチャードはどうすんだよ? 任務は?」
「任務より恵介くんの方が大事」
「……結姫」
結姫がオレの背中に顔を寄せた。
「お願い。恵介くん」
「……」
このままここにオレが残れば、結姫も残ると言い出すだろう。
それは結姫の死を意味する。
オレの一時の感情で結姫を死なせるわけにはいかない。
それにオレだって穂佳を見つけるという目的がある。
……すまん、リチャード。
「帰って、本部に連絡する。で、すぐに救援を出してもらおう」
「うん」
それが叶わないことは結姫もわかっているはずだ。
機関は世界に干渉しない。
たとえ、その世界でどんな残虐的な虐殺が起ころうとも、それはその世界の問題だ。
もし、仮に救援を出してもらったとしても、その頃にはリチャードは死んでいるだろう。
「とりあえず、戦場から離脱だ」
こんな乱戦の最中に戻るわけにはいかない。
戻るためには法陣を描く必要があるし、若干、機械の稼働に時間がかかる。
そこを狙われて、不具合が出て帰れなくなったなんてなれば最悪だ。
オレは結姫の手を取り、戦場を離れる。
「私も居場所がなかった」
ポツリと結姫がそう言った。
「昔から私は何でもできた。できてしまった。勉強も運動も、なんでも」
「……そりゃすごい」
「いつの頃からか、世の中のことがつまらなく感じるようになった」
やっぱり。
オレの予想は間違っていなかったというわけだ。
「周りも渡しを避けるようになった。両親でさえも」
親もか……。
そこまでは予想できなかったな。
おそらく何でもできる結姫のことで、両親は周りに嫉妬されていたんではないだろうか。
「そんなとき、ほとりさんに出会って、この仕事のことを知った」
そういえば、結姫は支部長がスカウトしたって言ってたな。
「私はすぐにこの仕事をすることを決めた」
「……この仕事なら、少しは楽しいと思えると思ったからか?」
確かに異世界には地球では考えられないものが普通に存在する。
モンスターやスキルも、そうだ。
「違う。任務も最初は簡単だと思った」
「あー、まあ、そうだな。最初の頃は結姫がサクッと解決してたもんな」
「私の目的は移住すること」
「……移住?」
「任務をこなし、本部に認められるようになったら、願いを叶えてもらえる」
「げっ! そんなのあんの? 知らなかった」
「どんな願いでも、というわけじゃない。リストの中にあるものだけ」
「なーんだ。じゃあ、ろくでもないものばっかりなんじゃないか、リストにあるのって」
あの機関の本部ならそんな気がする。
絶対、金持ちとかハーレムとかはなさそうだ。
「それで私が選ぶつもりだったのは『移住』」
「移住ってことは、他の異世界に行くってことか?」
「そう」
「移住って、どこの世界に行くつもりなんだ?」
「……わからない。それを探すための任務でもあった」
「なるほど」
つまり、結姫は任務で色々な異世界に行き、移住先になりそうな世界を探していたというわけか。
どうりで毎回、街に行くと思った。
「で、どんな世界がいいんだ?」
「私の居場所ができそうな世界」
「……そっか」
そりゃ、難しそうだ。
ただ、案外、リチャードたちのようにすぐに見つかるかもしれない。
「見つかると良いな。結姫が希望する世界」
「……もう、見つかった」
「え? 見つかったのか?」
思わず振り向くと、結姫はコクリと頷いた。
そっか。見つかったのか。
どこだろ?
……そんないい世界あったか?
オレからしたら、どこも住みたくないところばっかだったぞ。
「どこなんだ?」
「それは……」
結姫がその場所を口にしようとした瞬間だった。
ドン。
オレは何かにぶつかった。
前に視線を戻すと、そこにはサイクロプスがいた。
……どこから来た?
近づいてきている気配なんてなかった。
ずっと辺りを警戒してきたんだ。
それこそ瞬間移動でもしない限り……。
「あっ!」
サイクロプスがオレの顔面を蹴り上げる。
その衝撃で鼻血が噴き出た。
「恵介くん!」
そうか。
スキルだ。
瞬間移動の。
シャルと同じか。
なんとか踏みとどまったが、足止めをされてしまったことで、周りに続々とモンスターたちが集まってくる。
そして完全に包囲されてしまった。
――死。
一瞬で脳裏に浮かび上がった言葉だ。
体が硬直して動けないオレの前に結姫が立つ。
「ゆ、結姫?」
「私が希望する世界。それは……恵介くんがいる世界」
そう言った後、結姫はサイクロプスに向かって突っ込んでいった。