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第70話 決死の撤退戦

「待て、リチャード!」

「ダメ」


 リチャードを追おうとしたとき、結姫が後ろから抱き着いてきた。


「放してくれ、結姫」

「撤退する」


 まさかの結姫からの撤退宣言。

 結姫は今までどんな状況でも、決して任務を諦めようとしなかった。


「けど、リチャードはどうすんだよ? 任務は?」

「任務より恵介くんの方が大事」

「……結姫」


 結姫がオレの背中に顔を寄せた。


「お願い。恵介くん」

「……」


 このままここにオレが残れば、結姫も残ると言い出すだろう。

 それは結姫の死を意味する。


 オレの一時の感情で結姫を死なせるわけにはいかない。

 それにオレだって穂佳を見つけるという目的がある。


 ……すまん、リチャード。


「帰って、本部に連絡する。で、すぐに救援を出してもらおう」

「うん」


 それが叶わないことは結姫もわかっているはずだ。

 機関は世界に干渉しない。

 たとえ、その世界でどんな残虐的な虐殺が起ころうとも、それはその世界の問題だ。

 もし、仮に救援を出してもらったとしても、その頃にはリチャードは死んでいるだろう。


「とりあえず、戦場から離脱だ」


 こんな乱戦の最中に戻るわけにはいかない。

 戻るためには法陣を描く必要があるし、若干、機械の稼働に時間がかかる。

 そこを狙われて、不具合が出て帰れなくなったなんてなれば最悪だ。


 オレは結姫の手を取り、戦場を離れる。


「私も居場所がなかった」


 ポツリと結姫がそう言った。


「昔から私は何でもできた。できてしまった。勉強も運動も、なんでも」

「……そりゃすごい」

「いつの頃からか、世の中のことがつまらなく感じるようになった」


 やっぱり。

 オレの予想は間違っていなかったというわけだ。


「周りも渡しを避けるようになった。両親でさえも」


 親もか……。

 そこまでは予想できなかったな。

 おそらく何でもできる結姫のことで、両親は周りに嫉妬されていたんではないだろうか。


「そんなとき、ほとりさんに出会って、この仕事のことを知った」


 そういえば、結姫は支部長がスカウトしたって言ってたな。


「私はすぐにこの仕事をすることを決めた」

「……この仕事なら、少しは楽しいと思えると思ったからか?」


 確かに異世界には地球では考えられないものが普通に存在する。

 モンスターやスキルも、そうだ。


「違う。任務も最初は簡単だと思った」

「あー、まあ、そうだな。最初の頃は結姫がサクッと解決してたもんな」

「私の目的は移住すること」

「……移住?」

「任務をこなし、本部に認められるようになったら、願いを叶えてもらえる」

「げっ! そんなのあんの? 知らなかった」

「どんな願いでも、というわけじゃない。リストの中にあるものだけ」

「なーんだ。じゃあ、ろくでもないものばっかりなんじゃないか、リストにあるのって」


 あの機関の本部ならそんな気がする。

 絶対、金持ちとかハーレムとかはなさそうだ。


「それで私が選ぶつもりだったのは『移住』」

「移住ってことは、他の異世界に行くってことか?」

「そう」

「移住って、どこの世界に行くつもりなんだ?」

「……わからない。それを探すための任務でもあった」

「なるほど」


 つまり、結姫は任務で色々な異世界に行き、移住先になりそうな世界を探していたというわけか。

 どうりで毎回、街に行くと思った。


「で、どんな世界がいいんだ?」

「私の居場所ができそうな世界」

「……そっか」


 そりゃ、難しそうだ。

 ただ、案外、リチャードたちのようにすぐに見つかるかもしれない。


「見つかると良いな。結姫が希望する世界」

「……もう、見つかった」

「え? 見つかったのか?」


 思わず振り向くと、結姫はコクリと頷いた。


 そっか。見つかったのか。

 どこだろ?

 ……そんないい世界あったか?

 オレからしたら、どこも住みたくないところばっかだったぞ。


「どこなんだ?」

「それは……」


 結姫がその場所を口にしようとした瞬間だった。


 ドン。


 オレは何かにぶつかった。


 前に視線を戻すと、そこにはサイクロプスがいた。


 ……どこから来た?


 近づいてきている気配なんてなかった。

 ずっと辺りを警戒してきたんだ。


 それこそ瞬間移動でもしない限り……。


「あっ!」


 サイクロプスがオレの顔面を蹴り上げる。


 その衝撃で鼻血が噴き出た。


「恵介くん!」


 そうか。

 スキルだ。

 瞬間移動の。

 シャルと同じか。


 なんとか踏みとどまったが、足止めをされてしまったことで、周りに続々とモンスターたちが集まってくる。

 そして完全に包囲されてしまった。


 ――死。


 一瞬で脳裏に浮かび上がった言葉だ。


 体が硬直して動けないオレの前に結姫が立つ。


「ゆ、結姫?」

「私が希望する世界。それは……恵介くんがいる世界」


 そう言った後、結姫はサイクロプスに向かって突っ込んでいった。

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