目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

第72話 帰還した後で

「遅れてすまなかったな」


 支部長が駆け寄ってきて、深刻そうな表情でオレの顔を覗き込んできた。


「来てくれたんっすね」

「ケイスケ、酷い傷だよ。早くシャルのベッドに行かなくっちゃ」

「……病院に行かせてくれ」


 シャル、体力の限界なんだから突っ込ませないでくれ。


「結姫さん!」


 ユーグがオロオロとして結姫を見ている。

 結姫はオレに抱き着きながら、気絶していた。


「おやおや。随分とお早い御着きで」


 歩み寄ってきた男を見て、支部長は驚愕して目を見開いた。


「シリル・ヴァレンタイン!? なぜ、貴様がここにいる?」

「んー。悪いけど、その質問には答えられない。極秘任務だからね」


 隣にいるシャルも目をシパシパと瞬きさせて、叫んだ。


「ええーーー! シリル・ヴァレンタイン!」

「シャル、知ってるのか?」

「逆に知らないの!?」

「そ、そんなに有名人なのか?」


 ユーグが呆れたように溜息をつく。


「エグゼキュタだ。最強の呼び名が高い、な」

「エグゼキュタって……」


 一気に冷汗が流れる。


「オ、オレ、なんかやっちまった?」

「あー、違う違う。今回はエージェント狩りじゃなく、別件だよ」


 手を横に振るシリル。


「それより、早く病院に連れてった方がいいんじゃない?」


 シリルの言葉で、自分の体が限界だったことを思い出す。

 一気に全身の痛みが襲って来る。


「うぐうっ!」

「けいちゅけ少年!」

「ケイスケー! シャルと結婚する前に死なないでー!」


 ドンドン意識が遠のいていく。


「じゃあ、恵介くん。またね」


 気絶する前に聞いたのは、そんなシリルの言葉だった。



 ***



 あの後、オレと結姫は3日間、目を覚まさなかったらしい。

 そして、目を覚ましてから2日が経った今でも、まだ退院させて貰えてない。


「前から噂はあったんだ」


 ベッドの横で、りんごの皮を剥いている支部長。

 意外と器用だ。

 タイプ的に料理は出来ないと思ってたんだが。


「その世界には存在しないモンスターが現れるってやつですか?」

「ああ。とはいっても、目撃例は3件ほどだ。しかも見かけたときは単体で、別段襲い掛かることはなかったそうだ」

「……オレのときは滅茶滅茶、殺る気満々でしたけど」


 支部長は深いため息をつきながら、切り分けたリンゴを皿に載せて渡してくれる。


「万が一、遭遇したとしても、対処できるように訓練をしたんだが……」


 言われてみれば、今回の特訓は対人ではなくモンスター系ばかりだった。


「完全に想定外だった。……すまなかった」


 深々と頭を下げる支部長。


「ちょ、待ってくださいよ! 支部長のせいじゃないですって! あんなん、誰も予想できるわけないっすから」

「自分で、常に最悪を想定しろと行っておいて、情けない……」

「だーかーら! 支部長のせいじゃないですって!」


 支部長の表情は曇ったままだ。

 なかなか戻らない。

 早く、あのふてぶてしい感じになってくれ。

 やりづらいったらない。


「……スキルを使ったというのは本当か?」

「間違いないっすね。全員が使ってわけじゃないっすけど。ただ、使わなかっただけ、という可能性もありますけど」

「おそらく使わなかったという可能性の方が高いだろうな」

「……」


 異世界に渡った人間はほぼ例外なくスキルに目覚める。

 ……まあ、唯一の例外はオレなんだけど。


 それがモンスターでも同様だというのなら筋が通る。


「……ちなみに、モンスターのエージェントなんていないっすよね?」

「存在しない。過去に何度か試したようだが、成功した事例はないな。異世界を渡れるのは人間だけだ」

「じゃあ、組織の技術が盗まれて、モンスター用に改良された、とかもなさそうっすかね?」


 あの『穴』を見た時、どこかで見た覚えがある感覚がしたのは、機関から渡されている異世界を行き来するための機械と同じだったからだ。

 世界を渡るときの、あの感覚と酷似していた。


「それはないと思う。あれは機関以外が……いや、もしかすると機関の人間でさえ、仕組みをわかっている人間はいないかもしれないからな」

「……確かに、それなら技術が盗まれたとかはなさそうっすね」

「ああ。となれば、考えられるのは1つだ」

「なんです?」

「スキルだ!」


 確か、元の世界と本部を繋いでいるのがスキルだと言っていた。

 ということはあれと同じようなスキルを使って、あの穴を生み出したということなんだろうか。


「だとすると、厄介っすね」

「うむ……」


 スキルだとすると、容疑者を絞りづらい。

 もし、機関の技術を盗んだというのなら、盗める立場の人間を洗えばいい。

 だが、スキルだとするなら、スキル持ちは異世界に星の数ほどいる。

 一人一人、調べるなんていうのは現実的ではない。


「今後は常に前回の任務のような状況を想定することになる」

「……カオスっすね」

「ということで、けいちゅけ少年には猛特訓を受けてもらうぞ」

「げっ!」

「そして、特訓相手から熱烈なオファーが来てるぞ」


 支部長がようやく悪戯っぽい笑みを浮かべたのだった。

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?