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第74話 結局地獄なんだよな

 道場のような建物中、オレはシリルと戦闘訓練に明け暮れている。

 それはもう、本当に文字通り四六時中だ。


 技の開発とか、筋トレとか、スキルの向上訓練とかは一切ない。

 ただ、シリルと戦うだけ。

 そもそも、オレはスキルを持っていないので、スキル向上の特訓とかはできないわけなんだが。


「はいはい、気を抜かない」


 オレの渾身のストレートを余裕で避け、掌底で顎を跳ね上げられる。


「うわっ!」


 見事に縦に一回転してしまう。

 べちゃっとカエルのように床に這いつくばることになる。


 衝撃は凄かったけど、攻撃を食らった顎が全然痛くない。

 合気ってやつだろうか?


 ちなみにシリルはオレと戦っている間、一歩も動いていない。

 それぐらい圧倒的な差がある。


「恵介はここぞってときの一撃が甘いね」

「力が入り過ぎてるってことっすか?」

「逆だね。力を抜いてる」

「……え? そうっすか?」


 思わず握った拳を見てしまう。


 そんなつもりは全然ないんだけどな。


「おそらく、やり過ぎないように無意識にセーブしてる」

「やり過ぎないって、スキルじゃないんですから、そんなに威力はないっすよ?」

「ありゃりゃ。自分でもわかってなかったのか」


 ポリポリと頬を掻くシリル。


「わかってないって何がっすか?」

「普通はね、オーガを素手でなんか倒せないんだよ」

「え? そうなの?」

「んー。ほとりさん、教えてくれなかった?」

「……はい」


 あれ?

 てか、支部長が「スキルを持ってないんだから、素手で戦えるようにならないとな」と言ってたぞ。

 それで、死ぬほど特訓させられたんだが。


「言っとくけど、技術の問題じゃないからね。オーガにダメージを与えられるほどの力がないと、そもそも話にならない」

「じゃあ、なんでオレは……?」

「恵介はかなり身体能力が高い」

「……そうなんすか?」

「サイクロプスの一撃なんてまともに食らったら即死だよ。俺でもね」


 あのときは、鼻血で済んでたな。

 けど、あれで死んでたとしたら、オレ、何回死んでたんだ?


「それに傷の治りも早い。あれだけの重傷で1ヶ月もかからずに完治なんて、正直引くよ」


 そうなんだ。

 道理で人よりも治るのが早いな、とは思ってたんだけどな。


「けど、恵介の最大の長所はそこじゃない」

「へ?」


 他にオレに長所なんてあったっけな?

 諦めの悪さか?


「成長速度」


 ピッと人差し指を上げるシリル。


「恵介は任務のたびに、格段に強くなっていってる」

「……それはきっと支部長のおかげっすよ。任務が終わるたびに死にそうになるくらいの特訓を受けてますから」

「人間ってね、無限に強くなれるわけじゃないんだよ」

「え? そりゃ、なんとなくわかりますけど……」

「特訓をしたからと言って、それを全部糧にできる人間なんてそうそういない」

「……」

「しかも、数日でしょ? バトル漫画じゃないんだから、そんな短い期間で強くはなれない」


 そうなのか?

 支部長が次の任務に向けてピンポイントで特訓してくれているから、それを活かしてるだけなんだけどな。


「俺の見立てでは、恵介は全エージェントの中だと、中の上ってところかな」

「……そうなんすか」


 うーん。

 なんか微妙だな。

 そんなもんだろ、という気持ちと、その程度なんだという気持ちが混じってる。


「パッとしないですね」

「ははは。とんでもない。これは凄いことだよ」

「どういうことっすか?」


 中の上。

 低くはないけど、真ん中くらいってことだ。

 何が凄いんだろうか。


「恵介は『スキルを持っていない』。それなのにスキル持ちのエージェントの中で普通以上なんだ」


 支部長にはスキル持ちじゃないからこそ、トップになれば面白いと言われて、ずっと特訓してきた。

 そのおかげで、今まで任務を達成できてきたと言っていい。

 ただ、普段は任務を達成できればいいと思ってたから、他のエージェントと比べるなんてことはあまり考えてこなかった。


「スキルを持っているかどうかは人間とモンスターとの種族の差以上のアドバンテージがある。逆に言うとモンスターと対抗するための才能と言ってもいいんじゃないかな」


 そう言われると、その中で普通の強さなら凄いことか。

 確か、結姫にも前にそのことで褒められたことがあったな。


「さらに、まだまだ伸び代があるんだからね。恵介は確実にこっち側だよ」

「こっち側って?」

「化け物ってことさ」


 ……うーん。

 買い被りな気がする。

 オレ自身、そこまで凄い気は全然しないんだけどな。


「だから、今回の特訓に関して、ほとりさんにお願いしたってわけ」

「じゃあ、シリルの目的は、オレを強くするってことっすか?」

「そういうこと」


 ニッとシリルが笑う。

 まるでおもちゃを見つけた少年のような無邪気な笑顔だ。


「けど、オレを強くしてどうするんすか?」

「最強ってね。案外、つまらないものなんだよ」


 シリルは少しだけ寂しそうに、笑みを浮かべていた。

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