特訓を開始して3週間後。
「実戦に勝る訓練はなし、ってね」
シリルの、そんな軽いノリから始まった。
こういうノリは支部長とどこか似ている。
いや、支部長は効率的で具体的な実戦訓練だったが、シリルのは完全に思いつきな感じがする。
場所は西洋風というより、原始的な世界。
森と岩山が広がっている。
どう見ても人は住んでなさそうだ。
もしかしたら奥地に行けば集落とかがあるかもしれないが、文明はなさそう。
存在する生物は結構、ごちゃ混ぜ。
ドラゴンっぽいのやら、恐竜っぽいのやらが跋扈している。
「……いーんすか?」
「なにが?」
「オレ、謹慎中なんすけど」
「大丈夫、大丈夫。任務じゃないから」
確かにここに転生者がいるとは思えない。
いたとしても、こんな過酷な環境なら連れ戻そうとしなくても、帰りたいと懇願してくるだろう。
というか、シリルは転生者の回収じゃなく、エージェントの抹殺が仕事か。
けど、尚更、こんなところにエージェントはいないだろうな。
「えへへ。なんか冒険って感じでワクワクするね」
オレの隣で、胸をバインバインと揺らしながら無邪気にはしゃいでいる。
「あの、もう一個、質問いいっすか?」
「なに?」
「なんで、シャルがいるんすか?」
「偶然、本部で会って、これから恵介とレジャーに行くって言ったら、ついて来るって言うから連れてきた」
「連れて来てくれるって言われたから、来ちゃた」
随分と軽いノリだなぁ。
いいのか、そんなんで。
「けど、いいのか、シャル。任務は? ユーグは何も言わないのか?」
「お兄ちゃんは、結姫ちゃんの病室に通って、3週間ずっと無視されて精神崩壊してる」
「……そ、そうか」
相変わらず他の人間には塩対応だな、結姫。
「さてと。そろそろ昼飯にしよっか」
「弁当でも持ってきてるんですか?」
シリルはどう見ても手ぶらだ。
今回は剣すら持っていない。
それにこんな人が存在しないようなところで、買うことなんてできないだろう。
「まさか。もちろん、現地調達だよ」
「……ですよね」
「何を取って来るの?」
シリルはニッと笑って、岩山に掘られた洞窟を指差す。
そこには巨大で二足歩行のトカゲが跋扈している。
リザードンの、もっとトカゲ寄りな感じだ。
「あれの卵が凄い美味みたいなんだよね」
うーん。
卵は好きだけどな。
あれの卵か。
食べるのに抵抗があるな。
「じゃあ、行こうか。ノルマ、一人一個ね」
「はーい!」
「ちょ、ちょっと待った」
「なに?」
「行くって、あそこにっすか?」
「そうだよ? 卵を産むための巣なんだから当然でしょ」
「……あの巣の中に入って行って、卵を取って来るってことっすか?」
「それ以外の方法があるなら、それでもいいけど」
おいおいおい。
巣ってことは、あんなのが大勢いるってことだろ?
しかも卵を取りに来たなんて、どう考えても全力で排除しに来るはずだ。
そんな場所に、卵を取って出てくるなんて、どう考えても現実的じゃない。
「じゃあ、先に行くよ。もうお腹ペコペコ」
シリルはそう言うとジャンプして岩山を駆け上がり、洞窟にスタスタと歩いていく。
もちろん、リザードンもどきはシリルに襲い掛かる。
だが、シリルはポケットに手を入れたまま、何事もないように奥へと入って行く。
襲い掛かるリザードンもどきを紙一重で避けながら。
「……すげえ」
本当に化け物だな、あの人は。
あまりの神業に呆然としていると、5分後にシリルが出てくる。
その手には人間の頭くらいの大きさの卵が抱えられていた。
そっか。
帰りは卵を割らずに出て来ないとならないのか。
それでなくても、高い難易度がさらに跳ね上がるな。
ある意味、いつもの任務よりも高いくらいだ。
これは気合を入れないとな。
オレが準備運動をしていると、気の抜けた声でシャルが「シャルも行ってこよっと」と言って歩き出す。
「お、おい! 無理すんなって……」
だが、オレの心配は杞憂に終わった。
というより、余計なお世話だった。
シャルは一瞬で姿を消す。
そして、数十秒後に卵を抱えて現れた。
「卵ゲーット!」
……そうだった。
シャルのスキルは『瞬間移動』。
こんなのは余裕だろう。
「じゃあ、恵介。張り切って行ってみよう」
「わ、わかりましたよ!」
シリルに促され、オレは岩山をよじ登り、洞窟の前に立つ。
リザードンもどきは、ギロリとオレを睨んでいる。
完全にブチ切れていた。
そりゃそうだ。
すでに卵を2個取られてるんだからな。
さらに3個目を取りに来たであろう人間を見て、怒らないわけがない。
「ギガアアアアア!」
リザードンもどきが一斉に襲い掛かってきたのだった。