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第76話 これってイジメじゃね?

 特訓を開始して3週間後。


「実戦に勝る訓練はなし、ってね」


 シリルの、そんな軽いノリから始まった。

 こういうノリは支部長とどこか似ている。


 いや、支部長は効率的で具体的な実戦訓練だったが、シリルのは完全に思いつきな感じがする。


 場所は西洋風というより、原始的な世界。

 森と岩山が広がっている。


 どう見ても人は住んでなさそうだ。

 もしかしたら奥地に行けば集落とかがあるかもしれないが、文明はなさそう。


 存在する生物は結構、ごちゃ混ぜ。

 ドラゴンっぽいのやら、恐竜っぽいのやらが跋扈している。


「……いーんすか?」

「なにが?」

「オレ、謹慎中なんすけど」

「大丈夫、大丈夫。任務じゃないから」


 確かにここに転生者がいるとは思えない。

 いたとしても、こんな過酷な環境なら連れ戻そうとしなくても、帰りたいと懇願してくるだろう。


 というか、シリルは転生者の回収じゃなく、エージェントの抹殺が仕事か。

 けど、尚更、こんなところにエージェントはいないだろうな。


「えへへ。なんか冒険って感じでワクワクするね」


 オレの隣で、胸をバインバインと揺らしながら無邪気にはしゃいでいる。


「あの、もう一個、質問いいっすか?」

「なに?」

「なんで、シャルがいるんすか?」

「偶然、本部で会って、これから恵介とレジャーに行くって言ったら、ついて来るって言うから連れてきた」

「連れて来てくれるって言われたから、来ちゃた」


 随分と軽いノリだなぁ。

 いいのか、そんなんで。


「けど、いいのか、シャル。任務は? ユーグは何も言わないのか?」

「お兄ちゃんは、結姫ちゃんの病室に通って、3週間ずっと無視されて精神崩壊してる」

「……そ、そうか」


 相変わらず他の人間には塩対応だな、結姫。


「さてと。そろそろ昼飯にしよっか」

「弁当でも持ってきてるんですか?」


 シリルはどう見ても手ぶらだ。

 今回は剣すら持っていない。


 それにこんな人が存在しないようなところで、買うことなんてできないだろう。


「まさか。もちろん、現地調達だよ」

「……ですよね」

「何を取って来るの?」


 シリルはニッと笑って、岩山に掘られた洞窟を指差す。

 そこには巨大で二足歩行のトカゲが跋扈している。


 リザードンの、もっとトカゲ寄りな感じだ。


「あれの卵が凄い美味みたいなんだよね」


 うーん。

 卵は好きだけどな。

 あれの卵か。

 食べるのに抵抗があるな。


「じゃあ、行こうか。ノルマ、一人一個ね」

「はーい!」

「ちょ、ちょっと待った」

「なに?」

「行くって、あそこにっすか?」

「そうだよ? 卵を産むための巣なんだから当然でしょ」

「……あの巣の中に入って行って、卵を取って来るってことっすか?」

「それ以外の方法があるなら、それでもいいけど」


 おいおいおい。

 巣ってことは、あんなのが大勢いるってことだろ?

 しかも卵を取りに来たなんて、どう考えても全力で排除しに来るはずだ。


 そんな場所に、卵を取って出てくるなんて、どう考えても現実的じゃない。


「じゃあ、先に行くよ。もうお腹ペコペコ」


 シリルはそう言うとジャンプして岩山を駆け上がり、洞窟にスタスタと歩いていく。


 もちろん、リザードンもどきはシリルに襲い掛かる。

 だが、シリルはポケットに手を入れたまま、何事もないように奥へと入って行く。

 襲い掛かるリザードンもどきを紙一重で避けながら。


「……すげえ」


 本当に化け物だな、あの人は。


 あまりの神業に呆然としていると、5分後にシリルが出てくる。

 その手には人間の頭くらいの大きさの卵が抱えられていた。


 そっか。

 帰りは卵を割らずに出て来ないとならないのか。

 それでなくても、高い難易度がさらに跳ね上がるな。

 ある意味、いつもの任務よりも高いくらいだ。


 これは気合を入れないとな。


 オレが準備運動をしていると、気の抜けた声でシャルが「シャルも行ってこよっと」と言って歩き出す。


「お、おい! 無理すんなって……」


 だが、オレの心配は杞憂に終わった。

 というより、余計なお世話だった。


 シャルは一瞬で姿を消す。

 そして、数十秒後に卵を抱えて現れた。


「卵ゲーット!」


 ……そうだった。

 シャルのスキルは『瞬間移動』。

 こんなのは余裕だろう。


「じゃあ、恵介。張り切って行ってみよう」

「わ、わかりましたよ!」


 シリルに促され、オレは岩山をよじ登り、洞窟の前に立つ。


 リザードンもどきは、ギロリとオレを睨んでいる。

 完全にブチ切れていた。


 そりゃそうだ。

 すでに卵を2個取られてるんだからな。


 さらに3個目を取りに来たであろう人間を見て、怒らないわけがない。


「ギガアアアアア!」


 リザードンもどきが一斉に襲い掛かってきたのだった。

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