「はい、あーん!」
シャルがスクランブルエッグが乗ったスプーンをオレの口元に近付けてくる。
凄い美味そうだ。
実際、美味いんだろう。
シリルも「美味いね、これ」と、もう三杯以上食べている。
「シャル。いい。取って来れなかったんだから、オレに食う資格はない」
「え? あーんは嫌? 口移しの方がいい?」
「話を聞いてくれ!」
結局、あれから3時間かけてトライしたが、オレは卵を取ってくることができなかった。
というより、そもそも卵のところまで辿り着くことさえもできない。
リザードンもどきを50体倒したところで体力切れ。
なんとか逃げ回って、洞窟の外に出てきたのだ。
……実際は途中でシャルが助けに来てくれたんだが。
「いい心がけだね。自分で食べる分は自分で確保する。これが自然の摂理だ」
「うっす……」
同時に腹が大きく鳴る。
腹減った。
限界まで動いた後なんだから、当たり前だ。
ヤバいな。
このままだと、ドンドン状況が悪化していく。
万全の状態でダメだったのに、今度は空腹状態で挑むことになる。
……これ、詰んだんじゃないのか?
「別にこの世界には、この卵しか食べ物がないわけじゃないよ」
「あ、そっか。……でも、異世界の生き物は殺せないから、植物系ってことっすよね? フルーツとか」
「いや。そんなことないよ」
「けど……」
なんだ?
任務じゃなければ、異世界の生き物でも殺していいってことか?
いや、そんなわけないよな。
「その定義で言うと、卵だって生き物だよ」
「……確かに」
「それに全ての生き物を殺せないなら、無意識に踏み潰している虫だって気にしないとならない」
極端に言えば、植物だって生き物ということになる。
あれ?
じゃあ、ルールってどうなってるんだ?
「実はその辺って割と雑なんだよ」
「雑……っすか?」
「そもそも、機関はその辺、どうやって違反者を見つけていると思う?」
「えーっと、スキルを使うかどうか……って言われてますよね?」
「そう思っている人は多いね。実際、スキルを使わなければそうそう引っかかることはない。けど、それだけじゃないんだ」
「その言い方だと、他にも条件があることっすよね?」
「まあ、俺もはっきりとした基準がわかっているってわけじゃないけどね」
そう言って人差し指を立て、得意げな表情になるシリル。
「ダメージ量だよ」
「……ダメージ量?」
「たとえば、これがダメージ1だとする」
シリルがオレの鼻先に触れるか触れないかくらいでパンチを放つ。
少しだけ鼻の先がジンジンとする。
「で、10000くらいのダメージを与えた際に、機関のセンサーに引っ掛かる」
その説明を聞くと、色々と腑に落ちる。
オレがいつも素手でモンスターを倒しているときは、気絶させているのでそこまでダメージを与えていない。
「スキルを使えば、ダメージ量が跳ね上がるのでセンサーに引っ掛かるというわけっすね」
「ご名答」
「この卵なんかも、10000のダメージなんて入らないから、センサーにも引っかからない」
「俺の見立てでは、牛くらいなら全然平気だよ。スキルを使わなければね」
「やっぱり、スキルは関係あるってことっすか?」
「もちろん。スキルは異世界へ渡った際に発生するバグみたいなものだからね」
バグ。
スキルをそういう風に表現をする人は初めてだ。
「だから、機関は一際、スキルに対しての扱いには厳しい。もちろん、世界に与える影響が大きいというのもある。だけど、スキル自体が本来、世界にあるべき力じゃないんだ。異世界に渡らなければ目覚めなかった能力でもあるんだからね」
確かにスキルの力は強大だ。
その世界の勢力図を大きく変えるほどに。
「逆に言うと、スキルさえ使わなければ、意外と異世界でのやれることはかなりある。タイミングによれば殺人でも感知されない場合もある」
「え?」
それは根底から覆る話だ。
異世界では殺しは絶対にやってはいけない。
これは最初に、徹底されて教えられる。
まあ、そもそも殺しなんてやろうとは思わないが。
「牛を殺してもセーフなんだ。牛よりも人間の方が脆いだろ?」
「……その表現はどうかと思いますが」
牛を殺せる一撃であれば、人間だって殺せるはずだ。
「もちろん、知的な生物に関しては監視は厳しくしているから、よほど運がよくない限り見つかるけどね」
シリルの、その言い方から、これまでも多くのエージェントをその手にかけてきたんだろうなと感じ取れる。
「結局、何が言いたいかというと、牛くらいの大きさの動物なら、食べても大丈夫ってこと」
「あっ!」
オレは立ち上がり、走り出す。
「ちょっと、食料調達してきます」
「あ、シャルも行くー!」
ちなみにシャルには手伝うことを禁止したら、抱き着いて着たり迫ってきたりして、単なる邪魔にしかならなかった。
そのせいもあり、牛程度の大きさの動物を見つけるのに苦労して、結局、飯にありつけたのは3時間後になってしまった。