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第79話 やっぱりできねーじゃねーか

「ケイスケ。ご褒美だから、シャルを好きにしていいんだよ。……ん。やん。ケイスケ、ガッツキ過ぎ……」


 シャルが色っぽい吐息を吐いて、身をよじらせている。


 ……なんつー夢を見とるんだ。


 オレは上着を脱いで、寝ているシャルにかけてやる。

 無駄に露出の高い服を着てるのに、よく寒くないな。


 パチンとたき火の木が爆ぜる音がする。


「あれ? 先に寝てていいって言ったのに」


 シリルがポケットに手を入れながらゆっくりと歩いてきた。


 晩飯後、「ちょっと野暮用があるから」と言って、どこかに行っていたシリル。

 こんな世界で用なんてあるんだろうか?

 なんかを採取するとかか?


「一応、何があるかわからないんで」

「んー。いい心がけだね」


 シリルはオレの正面に座り、木に寄りかかる。


「けど、理想は寝ながらも、警戒するかな」

「バトル漫画のキャラじゃないんだから、無理っすよ」

「恵介は思慮深い分、常識にとらわれ過ぎだなぁ」

「シリルはできるんすか?」

「もちろん」


 ニカっと笑う。


 まあ、そうだろう。

 なんせ、機関の中のトップだ。

 できない方がおかしい。


「恵介はなんで、この仕事をやってるの?」

「……」


 突然の質問に、戸惑ってしまう。


「あははは。ごめんごめん。話したくないならいいんだ。プライバシーってやつだからね」

「あー、いや、そういうんじゃなくて」


 あまりそういうことに興味がなさそうだったから、驚いただけだ。

 シリルは良くも悪くも『強さ』にしか興味がないという印象を受ける。

 何のために強くなりたいかという動機も聞かれたことはなかった。


 オレは穂佳のことを話した。

 別に隠すことでもないし。


 支部長や結姫に話してなかったのは、話す機会がなかったからだ。

 だって、いきなりこんな話を自分からするのって、痛い奴だし。


「……やっぱりか」

「え? なにがっすか?」

「ん? いや、恵介の諦めの悪さのことさ。死ぬ寸前まで諦めない。それは穂佳って子を見つけるまでは死ねないって決意からくるってことでしょ?」

「ま、まあ……」


 面と向かって言われると恥ずかしいな。


 ただ、前まではそうだった。

 穂佳を探し出すまでは死ねない。

 だからこそ『諦めるのは死んでからでも遅くない』って思いで戦ってきた。


 けど今は……結姫がいる。

 結姫は絶対に死なせない。

 んで、結姫を悲しませないために、オレも絶対に死なない。

 その思いが強くなった。


 だから、今回のシリルからの特訓の誘いは渡りに船だった。

 絶対に強くなる。


 脳裏に、サイクロプスの足の裏が迫ってきたときの記憶が鮮明に蘇る。

 結姫が傷つき、オレ自身も何もできず、死を覚悟した。

 あんなことを、二度と繰り返さないために。


「ということは、そこを刺激すればいいってことかな」

「何がっすか?」

「恵介はこの3週間で格段に強くなった。あっさりと卵を持って帰れるくらいにね」

「いや、結構、ギリギリでしたよ」

「相変わらず自己評価が低いなぁ。そのせいで、殻を破れていない」

「殻ですか?」

「3週間前から比べたら、そりゃ、何度も殻を破ってる。けどね、一番外側の殻が破れていない」


 ふう、とため息をつくシリル。


「殻っていうか、領域に近いかな。俺は今まで、その領域に入れた奴を3人しか知らない」

「それって、他のエグゼキュタも入ってるんすよね? それで3人っすか?」


 絶望的に少ない。

 そんなのに、エージェントの中でも中の上の強さしかないオレが入れるわけがない。


「一生かかっても無理っすよ」

「そう思ってるだろうって思ってた。だから、その考えが変わるくらいのショックが必要だよね」

「……っ」


 ゾクッとした。

 顔は笑っているのに、目が全然笑っていない。

 それはまるで獲物を見るような目だ。

 カエルを捕食する前のヘビ。

 そんなイメージだ。


 やっぱり、この人は『強さ』にしか興味がない。

 オレを強くするためには、どんなことでもやってくる。

 そう確信できるほど、不気味な目だった。


 面白れぇ。

 いいぜ、乗ってやる。

 あんたがオレを利用するように、オレもあんたを利用して強くなってやるさ。


「おっと。そろそろ寝ようか。明日も早いからね」


 そう言ってシリルは目を瞑った。

 そして、3秒後には寝息を立て始める。


 ……早い。

 3秒って。

 どこぞの、22世紀からやってきた猫型ロボットを要する小学4年生みたいだ。


 どこでも早く寝られるというのも、技術だと聞いたことがある。

 さすがシリルだ。


「……ゴクリ」


 オレはゆっくりと立ち上がり、その辺に落ちている木片を手に取る。

 そして音を立てずにシリルの前に立つ。


 そして――。


「えい!」


 木片をシリルに向けて振り下ろす。


 ガン!


「痛いっ! なにすんの!?」

「え? 寝ながら警戒してたんじゃ……?」

「できるわけないじゃん。漫画のキャラじゃあるまいし。恵介は厨二病かなにかなの?」

「す、すんません……」

「ったくもう」


 プリプリと怒って、また寝始めるシリル。


 いや、できるって言ったじゃん!

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