マンドラゴラが瞬間移動するなんて、聞いたことがない。
どういうことだ?
頭が混乱する。
こんなの異常すぎる。
瞬間移動なんて、どう考えてもマンドラゴラの生態を逸脱しているぞ。
だが、そのとき、オレの頭の中に前回の任務のことが浮かんだ。
「……スキル?」
あのとき、モンスターもスキルを使っていた。
マンドラゴラも植物とはいえ、一応はモンスターに分類される。
ということは――。
「そう。恵介の予想通り。そいつはスキルを持ったマンドラゴラだ」
いつになる真面目な顔をしているシリル。
「恵介も聞いてると思うけど、実はここ数ヶ月で、スキルを持つモンスターが目撃されている」
「……はい。聞いてます」
「まあ、恵介たちが出くわした、あんな大規模なものはなかったんだけどね」
今思い出しても背筋が寒くなる。
あの絶望的な状況。
あのときシリルが来てくれなかったら、オレも結姫も死んでいた。
あんな思いはもうしない。
そう思って、シリルとの特訓をお願いした。
「人間以外で異世界に渡るなんて方法、今まで見たことなかったからね。機関もようやく重い腰をあげたってわけさ」
マンドラゴラに視線を移す。
警戒しているのか、ジッとこっちを見て動かない。
「恵介たちが見た、あの黒い穴だっけ? それは誰も見たことがないんだ。だから今、必死になってみんなが探してる」
あのときは王様と戦った後と、その後で2回出現した。
ということは、あのときは相当レアケースだったわけだ。
支部長が予想できなかったのも頷ける。
「で、穴が見つからないから、まずはスキル持ちのモンスターを捕獲するってわけ」
「なるほど……」
シャルが再び、瞬間移動を使ってマンドラゴラに迫る。
だが、また目の前で消えて、逃げられてしまう。
シャルでも捕まえられないのに、オレが加わったところで微塵も役には立たないだろう。
それでもただ黙って見てるわけにはいかない。
「恵介。これは恵介に対しての課題だからね。あと、道具を使ってだとか罠を張ってとかは、俺好みじゃない」
「……正攻法でやれってことですか?」
ニッと笑うシリル。
これって、イジメなんじゃないだろうか。
瞬間移動を使う相手に、真正面から挑めって、無理に決まっている。
「できる。そう信じて課題を出したんだ。期待を裏切らないでね」
そう言うと座り込み、気に寄りかかって寝てしまった。
期待しすぎだっつーの。
支部長もシリルも。
けど、まあ、期待を裏切るって言うのも、オレの好みじゃない。
それに諦めるのは早い。
諦めるのは死んでからでも遅くないのだから。
***
3時間後。
結果は惨敗。
オレとシャルの2人がかりで、触れもしないどころか、オレなんかは1メートル以内に近付けもしない。
そしてほとんどオレは役立たずだった。
「すまん、シャル」
「ううん。お詫びは結婚でいいよ」
……重いな。
しかもお詫びですることじゃないだろ。
「とはいえ、このままただ追いかけっこしてても捕まえられる気がしないな」
「うん。シリルさんはああ言ったけど、連携しないと無理」
「だな」
とにかく、まずは捕まえないと話にならない。
やり方にこだわっていたら、いつまで経っても捕まえることは不可能だ。
「まずはシャルが追い詰めてくれ。マンドラゴラが瞬間移動した先で、オレが捕まえる」
「うん……。でも、捕まえるって言っても、また瞬間移動されるんじゃない?」
「いや、そうでもない」
全く役には立っていなかったが、これでも観察はしていた。
マンドラゴラの動きや、スキルの分析は追いながらやってたのだ。
「まず、マンドラゴラは連続で瞬間移動が使えない」
「え? そうなの? シャルと同じってこと?」
「同タイプと考えてもいいだろうな。ただ、シャルと違うのは相手がかなり接近しないと使えないってところだ」
「どうしてわかるの?」
「もし、連続で使えるなら、とっくにどこかに逃げてるだろ」
「あ、そっか」
マンドラゴラは瞬間移動は使えるが、他の基本的な身体能力は低い。
だから、遠くまで逃げられずに済んでいる。
「で、もう一つわかったことがある。それはマンドラゴラはシャルと同じ距離でしか瞬間移動を使わない」
「どういうこと?」
「シャルが5メートルの瞬間移動をしたとき、マンドラゴラも5メートルの瞬間移動をする。3メートルのときは3メートルだ」
「へー。よく、そんなところまで見てるね」
なぜ、マンドラゴラはシャルに合わせているのかはわからない。
だが、そうであるなら、それを利用するまでだ。
「よし、じゃあ、そういうことで」
「うん。わかった」
マンドラゴラを中心に、オレとシャルは円を描くようにして動く。
そしてシャルとオレが対角線上になった瞬間。
「やっ!」
シャルが瞬間移動でマンドラゴラに迫る。
案の定、マンドラゴラが瞬間移動を使う。
お前が移動するのは――ここだ!
全力疾走し、マンドラゴラに迫る。
いける!
オレが手を伸ばした瞬間だった。
いきなりマンドラゴラがギュンとスピードを増した。
「なにっ!」
惜しいところで、マンドラゴラに逃げられてしまった。
マンドラゴラはぴょんぴょんと飛び跳ねて、なんか馬鹿にしているように見える。
あの野郎。フカシこいてたな。
――ぶっ殺す。