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ep.32 修行Ⅰ

 魔法の練習は特別な施設か、街の外でしかできない。そして、私たちに施設を借りれるほどのお金の余裕はない。つまり、街の外でするしかないのだ。だけど、


「なんで、あんたが、いるのよ!」


 そこには、魔力が雑だ、とか、呪文がちがう、と横から指南(文句)を言う少年の姿があった。


「仕方ないだろう、数千年も生きていると娯楽に飢えるんだよ」


 私の魔法の修行を娯楽と言うなんて、失礼にもほどがある。


「あ、魔力雑。何度言ったらわかるんだよ」


 はあ、もうなんなんだよ。


「そんなにいろいろ言うなら、あんたが手取り足取り教えなさいよ!」


「はあ? 嫌に決まってるだろ。なんで俺が十歳そこらのガキに魔法を教えなきゃいけないんだよ」


 もーーー! こいつはほんとに何なんだ。


「また魔力が乱れてるぞ」


「乱れたのは! あんたのせいよ!」



 それからも魔導書に載っている魔法を練習し続ける日々を送った。呪文を覚えて、ひたすら唱え続ける。

 けれど、一向に上達する気配がない。

 現時点で魔法が一つしか使えない私に、幻魔騎士団の魔法は難しかったのかもしれない。


「呪文を唱えたらすぐに魔法が使えるんじゃないの?」


 悲しくなった私はグレイアに泣きついた。ご飯のために食料を集めて、夜は魔法の訓練もしているはずなのに、彼の顔に疲れの色はなく、服からは太陽のにおいがした。


「ノア様、そもそも魔法とは何かわかっていますか?」


「呪文を唱えたら勝手にできる、魔力を使った技? みたいなもの?」


「半分正解で、半分違います。いいですか? 魔法というのは――」


「魔法とは魔力の変形だ!」


 気づいたら私とグレイアの間に少年が割り込んでいた。


「呪文を唱えたら、魔力が勝手に適した形に変形してくれて魔法が完成する。爆発魔法は可燃性ガスと火種といった感じにな」


「それなら呪文さえ覚えたらだれでもすべての魔法を使えるんじゃないの?」


「ノア様、それは違います。魔力とは人によって異なるもの。変形する形にも向き不向きがあるのです」


「そうなの? なら私の魔力はこの魔法に向いていないということ?」


「それも違います。たとえば、今からあなたにI字開脚しろと言ったらできますか?」


「それは無理よ。でも、それと魔法に何の関係があるの?」


「どんくさい女だな」


 なっ!?


「魔力に適性があっても、柔軟性のない魔力じゃどうしようもないってことだよ」


 そういうことなのか。つまり今から私がするべきなのは、


「お前はをするべきだ」


 私に足りていなかったのは魔力の柔軟性ということだったのか。確かに、私は引き寄せる魔法アトラクトしか使ってこなかったから、魔力が凝り固まっていてもおかしくはない。

 でも、


「ストレッチって、具体的には何をするの?」


「今回だけは手取り足取り教えてやるよ。変形しきれていない気持ち悪い魔力でこの森を満たされるわけにはいけない」


 気持ち悪い魔力で悪かったわね!



「まずこれを飲め。安心しろ、毒は入ってない」


 手渡されたコップには不思議な色の液体が入っていた。明らかに毒々しいのに、不思議と危険は感じなかった。

 目をつむり、一気に飲み干すと第六感が目覚めたような気分になった。五感のどれでもない新しいカタチの情報が脳に流れ込んでくる。


「どうだ? 見えるか? これが魔力だ」


 目を開けると、すべてのものに半透明のベールがかかっているようで、水の中にいるような気分になった。


「これが魔力?」


「大気中にも、枯葉にも、虫にだって魔力はある。初めのうちは過敏に反応して辛いだろうけど、慣れれば小さな魔力は感じなくなるから」


 これが、魔力なのか。魔力探知で在ることを感じれても、形や量を感じることはできなかった。

 すべての生き物が自分だけの色の魔力を持っている。見るものを変えるだけで世界はこんなにカラフルになるんだな。


「大丈夫。もう慣れたわ。ところで、あなたの名前って何なの?」


「そんなものとっくの昔に忘れたよ。名前で呼びたきゃ好きに呼べ」


 好きに呼んでいいのか。これはセンスが問われるところだな。

 ちびっこだからチビ助? さすがに安直すぎるか? もっとこう、特徴を捉えたような……


「わかったわ、マセインテリ」


「マセ、インテリ……? バカにしているのか?」


「バカになんてしてないわよ。特徴を捉えたいい名前でしょ♪」


「どこがいい名前なんだ? 本当にこれで呼ぶつもりなのか?」


「いやなら本当の名前を教えなさい」


 そういったとたんマセインテリは腕を組んで何かを考え始めた。


「もしかして、本当に名前を忘れてるの?」


「仕方ないだろ。もう何年も人と話していなかったんだ。名前なんて使わないものはすぐに忘れたる」


 なんてひどい子なんだろう。


「名前は最初にもらう家族からの贈り物なのに……」


「黙れ、集中している」


 なんてひどい子なんだろう。黙れ、なんて口の悪い。


「……イライアス・ソーンハート。古いなだから変だけど、これで勘弁してくれ」


「変な名前なんかじゃないよ。君の優しさが伝わってくるじゃないか」


 恥ずかしそうに名乗った少年の頭をなでる。小さい頭だなあ。


「呪いをかけられた時点でもお前より年上だし、実年齢はうん百歳だぞ」


「そうだね~ 頑張ったね~」


「だから……頭をなでるのをやめろ!」

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