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ep.31 過去

 ガサッ


 待ち伏せ続けてはや二時間。このまま何も起きないかと思った瞬間、何もないところから子供が姿を現した。


「待ち伏せのつもりなのか知らないが、魔力探知を全開にしとったらバレるに決まっておろう。おぬしはバカなのか?」


 急に現れた子供はヴィセルのいる気を指さしながら語りだした。それに、私がいることもバレているようだった。


「そんなに魔導書が大切なら返す」


 私のところまでやってきて、魔導書を返してくれた。


「あ、ありがとうございます」


「これでもう用はなだろ。そこを通してくれ」


 声も高くて、見た目はどう見ても子供なのに変な威圧感がある。なんで?


「それは無理なお願いだ。貴様の犯した罪は消えない。しっかり償ってもらう」


 ヴィセルは木から飛び降りて、子供の願いを取り下げた。その後も、まったく臆さない態度で続ける。


「両ひざをつき、手を上げろ。軍警に突き出してやる」


 ヴィセルは片手を突き出し、魔法を放てるようにする。子供にそこまでするなんて、

 はあぁ、大きなため息をついた子供はヴィセルを睨み、同じように片腕を突き出した。


「身の程知らずめ。おとなしく見逃せばいいものを」


 少しの間、二人はにらみ合い続けた。先に魔法を放ったのはヴィセルのほうだった。子供だからと舐めたのか、下級魔法だった。


「バカにしおって」


 ヴィセルの放った魔法は子供に届くより早く、子供の出した魔法にかき消された。 

 ヴィセルの魔法と相殺したのではなく、一方的にかき消した。その勢いのままヴィセルに魔法が当たる。

 後ろの木にたたきつけられたヴィセルはそのままうなだれている。


 ヴィセルをたおした右手が私にも向けられる。子供らしからぬ冷たい目は私を捉えていた。


「貴様もおれの前に立つのか?」


 別に私は軍警に渡したいとか思っているわけじゃないし、魔導書が帰ってきたからそれでいいんだけど、


「あなたは何者なの?」


「ただのガキだよ」


 答えはそれだけだった。ヴィセルを一瞥して、私の前を横切っていく。

 ここで彼を逃せばもう会えない気がした。それでいいはずなのに、私の中の何かがそれを嫌がっている。


「あ、待――」


「時間停止の魔法」


 ヴィセルの声で穴に降りようとした子供の動きが止まった。


「この森に入ってからずっと違和感があった。この森の木々も生き物もすべてお前の魔力を持っていた。生物を生み出す魔法を使えば可能かもしれないが、普通の魔族にこんな森を作ることはできない。生き物の成長は早められないはずだ」


 それって、つまり、


「お前は少なくともこの森とおなじ年を刻んでいる」


 そんなことが可能なのだろうか。わたしの横にある木は直径二メートルはある。

 こんな気が林立する森を作るのに、どれほどの年月と魔力がいるのだろう。


「正確には時間停止のだ。そして、だから何だというのだ」


「お前はいったい何者なんだ?」


「……罪人だよ」


「罪人?」


 少年は面倒くさそうに私を見て、嫌そうに話し始めた。


「ああ、そうさ。大昔の罪人だよ。少し昔話をしよう」


 少年は穴に降りるのをやめ、近くの木にもたれながら話し始めた。


「昔はここに村があったんだ。畑と田んぼだけの平和な村だった。だけど、いつからか農作物を荒らす子供の竜が出てきたんだ。食料が減るのは村にとって死活問題だった。仕方なく村の青年はその竜を殺した。だけど、その竜はある貴族のペットだった。かわいいペットを殺した青年は呪いをかけられ、村は燃やされた」


 呪いをかけられたのは青年だけど、目の前にいるのは青年というのは難しい子供だ。

 もしかして、 


「想像通りだよ。無力なガキの姿にされたあげく、年も取れない、死ぬこともできなくされた」


 不老不死か。


「でもそれっていいことなんじゃ――」


「黙れ。黙れ。黙れ、黙れ、黙れ!」


 この世の何よりも鋭い視線が私の目を刺す。


「目の前で、父が、母が、兄妹が、恋人が、友人が殺されて、この世のすべてに絶望しても、死ねないんだぞ! お前に何が分かるっていうんだ! もう、こんな世界はいらないんだよ……」


 最後のほうは言葉にならない悲痛な叫びだった。

 どれだけ長生きできても、どれだけ強くても、生きる希望がなければただ辛いだけなんだ。

 今の私の生きる希望って何なんだろう。復讐? なら、それが終わったとき、私もこうなるのだろうか。いつか、世界そのものを憎むようになるんだろうか。


「すいませんでした」


 何も考えずに彼を傷つけてしまった。


「もう、いいんだ。明日も明後日も森と生きるしかないんだ」


 小さな背中にどれほどの想いが詰まっているのだろうか。離れていく背中に私は声をかけれなかった。

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