ガサッ
待ち伏せ続けてはや二時間。このまま何も起きないかと思った瞬間、何もないところから子供が姿を現した。
「待ち伏せのつもりなのか知らないが、魔力探知を全開にしとったらバレるに決まっておろう。おぬし
急に現れた子供はヴィセルのいる気を指さしながら語りだした。それに、私がいることもバレているようだった。
「そんなに魔導書が大切なら返す」
私のところまでやってきて、魔導書を返してくれた。
「あ、ありがとうございます」
「これでもう用はなだろ。そこを通してくれ」
声も高くて、見た目はどう見ても子供なのに変な威圧感がある。なんで?
「それは無理なお願いだ。貴様の犯した罪は消えない。しっかり償ってもらう」
ヴィセルは木から飛び降りて、子供の願いを取り下げた。その後も、まったく臆さない態度で続ける。
「両ひざをつき、手を上げろ。軍警に突き出してやる」
ヴィセルは片手を突き出し、魔法を放てるようにする。子供にそこまでするなんて、
はあぁ、大きなため息をついた子供はヴィセルを睨み、同じように片腕を突き出した。
「身の程知らずめ。おとなしく見逃せばいいものを」
少しの間、二人はにらみ合い続けた。先に魔法を放ったのはヴィセルのほうだった。子供だからと舐めたのか、下級魔法だった。
「バカにしおって」
ヴィセルの放った魔法は子供に届くより早く、子供の出した魔法にかき消された。
ヴィセルの魔法と相殺したのではなく、一方的にかき消した。その勢いのままヴィセルに魔法が当たる。
後ろの木にたたきつけられたヴィセルはそのままうなだれている。
ヴィセルをたおした右手が私にも向けられる。子供らしからぬ冷たい目は私を捉えていた。
「貴様もおれの前に立つのか?」
別に私は軍警に渡したいとか思っているわけじゃないし、魔導書が帰ってきたからそれでいいんだけど、
「あなたは何者なの?」
「ただのガキだよ」
答えはそれだけだった。ヴィセルを一瞥して、私の前を横切っていく。
ここで彼を逃せばもう会えない気がした。それでいいはずなのに、私の中の何かがそれを嫌がっている。
「あ、待――」
「時間停止の魔法」
ヴィセルの声で穴に降りようとした子供の動きが止まった。
「この森に入ってからずっと違和感があった。この森の木々も生き物もすべてお前の魔力を持っていた。生物を生み出す魔法を使えば可能かもしれないが、普通の魔族にこんな森を作ることはできない。生き物の成長は早められないはずだ」
それって、つまり、
「お前は少なくともこの森とおなじ年を刻んでいる」
そんなことが可能なのだろうか。わたしの横にある木は直径二メートルはある。
こんな気が林立する森を作るのに、どれほどの年月と魔力がいるのだろう。
「正確には時間停止の
「お前はいったい何者なんだ?」
「……罪人だよ」
「罪人?」
少年は面倒くさそうに私を見て、嫌そうに話し始めた。
「ああ、そうさ。大昔の罪人だよ。少し昔話をしよう」
少年は穴に降りるのをやめ、近くの木にもたれながら話し始めた。
「昔はここに村があったんだ。畑と田んぼだけの平和な村だった。だけど、いつからか農作物を荒らす子供の竜が出てきたんだ。食料が減るのは村にとって死活問題だった。仕方なく村の青年はその竜を殺した。だけど、その竜はある貴族のペットだった。かわいいペットを殺した青年は呪いをかけられ、村は燃やされた」
呪いをかけられたのは青年だけど、目の前にいるのは青年というのは難しい子供だ。
もしかして、
「想像通りだよ。無力なガキの姿にされたあげく、年も取れない、死ぬこともできなくされた」
不老不死か。
「でもそれっていいことなんじゃ――」
「黙れ。黙れ。黙れ、黙れ、黙れ!」
この世の何よりも鋭い視線が私の目を刺す。
「目の前で、父が、母が、兄妹が、恋人が、友人が殺されて、この世のすべてに絶望しても、死ねないんだぞ! お前に何が分かるっていうんだ! もう、こんな世界はいらないんだよ……」
最後のほうは言葉にならない悲痛な叫びだった。
どれだけ長生きできても、どれだけ強くても、生きる希望がなければただ辛いだけなんだ。
今の私の生きる希望って何なんだろう。復讐? なら、それが終わったとき、私もこうなるのだろうか。いつか、世界そのものを憎むようになるんだろうか。
「すいませんでした」
何も考えずに彼を傷つけてしまった。
「もう、いいんだ。明日も明後日も森と生きるしかないんだ」
小さな背中にどれほどの想いが詰まっているのだろうか。離れていく背中に私は声をかけれなかった。