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第8話 ハマると怖い深い沼

 部屋に戻った大雅は、あたりに人の気配がないことを確認してから、今日購入することが出来たBL本を取り出して、ズラリと畳の上に並べてみた。


 全部で三十冊。

 フトコロは寒くなったが、気持ちはこの上なくホットだ。


「さすがに、こんだけ本があると壮観だなあ……」


 しかも、どれもこれも大雅が気に入っている作品の、気に入っているカップリング。そして、燦然と、表紙に輝く『R18』『成人向』の表記。表紙も、肌色部分が多い。今日、助けた、GURIがコスプレをしていたサティシャというのは、聖なる男巫女なので、普段は露出を抑えた格好になっているが、さすがに同人誌の表紙は、肌色たっぷりで、色っぽい表情だ。


「……やべ……」

 さすがに、今から、食事に行かなければならないので、一旦片付けて、大学で使っている勉強用の本やら資料やらの奥に隠しておく。


「……こんなん、アイツらにバレたら、大変だからな……」


 あたりを片付けて、着替えのために、シャワーをすることにした。


 家は広いが、あちこちで人とすれ違う。常に家には人がいる生活だった。それが良いのかどうか解らないが、今時、他人が家に出入りしているというのは、かなり珍しいだろう。


「あっ、坊ちゃん、風呂っスか?」

 すれ違いざまに声を掛けられて、大雅は「おう」と答える。


『家のもの』と読んでいる舎弟たちが、身の回りの世話をしてくれているというのは、大雅も理解している。屋敷は隅々まで綺麗に拭き清められ、片付いているし、風呂に入ろうと思えば、いつでも風呂に入ることが出来る。


「風呂なら、さっき、光胤みつたねさんが、入ってたと思いますよ」

「えっ? 兄貴が?」


「はい」

 兄、光胤は、この家を継ぐということになっている。兄が継ぐ、だから、大雅は家を継がず、一般人として生きていくということは、子供の頃から言われていることだった。


 そう言う意味で、家のものたちは皆、いわゆる、『その筋』の人なのに、大雅一人が『一般人』として過ごせと言われているわけで、どこにも、属することが出来ないような、所在ない気持ちになっていた。


「今日、兄貴早いんだな」

「外に出ていらっしゃったからじゃないスかね」


 たしかに、今日は、一族の墓参りに行っているはずだった。


(このクッソ暑いのに、スーツで行ったんだろうなあ……)

 黒スーツ黒ネクタイ。しかし、兄は、涼しい顔をして墓地で、次期当主としての務めを果たしてきたのだろうと思うと、少し、申し訳ない気分にはなる。


(俺は遊んでンのにな……)


「まあ、兄貴、長風呂だから、俺はあとにするわ」

 兄は、就寝の少し前、深夜に風呂に入ることが多かったはずだ。ゆっくりと風呂を使うのを好んでいるのだった。


 部屋に引き返そうとしたところで、離れになっている兄の部屋から、風呂の方へ、若頭の中山なかやま桐月とうげつが歩いて行くのが見えた。手には、タオルやら風呂に使うものを持っているので、浴室へ行くのだろう。


「あっ若頭カシラ……光胤さんのとこっスかね」

「あー、まあ、そうじゃね?」


「結構、若頭カシラって、光胤さんにべったりっスよね!!」

 ははは、と笑う舎弟たちに「あんまりくっちゃべってっと、桐月に怒られンぞ」と軽く注意するとすぐに黙った。


「ま、兄貴が使ってんならいいや。あとにするから、先飯食うわ」

 大雅は、父と姿がそっくりだ。ようは、コワモテで、体格も良い。しかし、兄、光胤は違う。線が細くて、色素も薄い。闇のような黒髪の大雅と違って、ふんわりした茶色の髪をしている。鍛えてはいたが身体付きは、大雅より随分華奢だった。若頭の中山は、一言で言うなら『インテリヤクザ』のような風体だ。長身にシャープな眼鏡を掛けているのが悪い。


 この二人が居なければ、大雅は、腐男子への道を歩むことはなかっただろう。

 そう。


 アレはいつのことだったか―――。

 それなりに性的な知識を身につけ、一人で処理をすることも覚え、性交自体に興味を持ち始めてきた頃……。ふと、見てしまったのだった。


 兄と、中山がキスをしているところを―――。

 最初、何も気にしなかった。


 ただ、それが心のどこかで引っかかっていたのだろう。気が付くと、二人の様子を見るようになり……そして、二人が、親密にしていることに気が付いた。


 どういう関係性なのかは聞いていないので解らないが、大雅の一般的な感覚から言うと、『付き合っている』ということだ。


 そして、おそらく、キス以上のこともして居るのだということも、察してしまった。


 男女ではなく、男性同士で交わる―――それがどういうことなのか解らずに、図書室のパソコンで『男性同士 キス』で検索をかけたら、どういうことなのかと大雅が悩んだのが馬鹿らしくなるくらいに、『相談』が出てきたし、映像も画像も出てきた。


 それで、なんとなく、見ているウチに、それが、大雅が当時ハマっていたゲームの二次創作ということに気が付いた。


(え? なんで、主役の勇者と、敵の総大将が、こんなことになってんだ?)

 当時の大雅は、二次創作という言葉を知らなかった。


 そして、『どういうことなのか』という探求を深めてしまった。





 ―――気が付いたら、深い沼にハマっていたということだった。




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