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第9話 送り火


(つまり、俺が腐男子になったのって、兄貴と中山のせいなんだよな)

 とは思ったが、これは誰にも言うことは出来ない。


 兄と、若頭カシラの中山が、どの程度、付き合っているのかは解らないが、こういう組織の『跡取り』で在る以上、後継者については何か考えては居るのだろう。それについて、大雅がとやかく言うことではないと考えている。


 そして。


(俺は、腐男子ってだけで、今の所、男を好きになったことはないからなあ)

 しかし、出来ることならば、恋愛はしてみたい。


 問題は、大雅自身のルックスと、中身の方なのだが、まず、出会いがない。周りに居るのは、やはり、おそらくモテないだろう、舎弟ばかり。


 自然に柄が悪く、目つきも悪い。


(あっ、そういや、兄貴が風呂してるところに、中山が向かっていったな……)


 タオルを持参していたが、色々な家族以外にも、『家のものたち』が風呂を使うこともあるので、タオルは沢山置いてあったはずだ。綺麗な外見と反して、割合がさつな兄は、自分専用のタオルでなければならないと言うことはない。それは、大雅の方が信じられない気分だった。


 だというのに、わざわざ、浴室へ向かった……。


(え、もしかして、兄貴たち、風呂でやらかしてたりすンのか?)

 好奇心で、覗き見に行きたい気分にもなるが、さすがに、兄に見つかれば、半殺しに合うのは間違いない。


(兄貴、そういや、結構長風呂……)

 そこまで考えて、これ以上は、考えないことにした。


 居間へ向かうと、舎弟のヤスが「おっ、坊ちゃん。すぐ支度しますんで、座っててくだせぇ!」と言って、キッチンへ去って行く。最近、リフォームを掛けたので、居間は、洋室だった。そして、大雅の母親は別に料理など一切しないが、大雅の母親の強い希望により、キッチンが大幅に改善された。明るく色々な設備の揃ったキッチンは、舎弟たちが喜んで使っている。


 以前、いまよりもう少し景気が良かった頃には、厳しめのお手伝いさんがいて、その人の作る料理が美味しくて好きだったのだが、引退してしまった。代わりに入って来たのが、ヤスだった。元お手伝いさんの、甥っ子らしい。


「……今日は、オヤジたちは、会食っていってやした」

「まあ、盆時期だしなあ」


『家』関係のあれこれについて、大雅は教えられていないが、節目節目に、挨拶に行く人というのは居るだろう。


「あっ、坊ちゃん。今から、庭で送り火をたきやすけど……」

「あー、そっか、今日、十六日だもんな」


 今から庭へ出る。生暖かい空気が頬を叩いた。一気に汗が噴き出る感じだ。


 母屋から少し離れた所に、池が巡らせてある。錦鯉が悠然と泳いでいるが、連日の酷暑のおかげで、水温が上がっている為、昼間はサンシェードを掛けた上で、定期的に舎弟たちが冷たい水を足していたはずだった。おかげで、鯉たちは元気である。その鯉を横目に見つつ、ヤスは黒々とした焙烙ほうろくを地面に置いた。その上に、木くずのようなモノを置いて、火打ち石を使って火をおこす。木くずが燃え始め、底に置いた木っ端に火が灯った。


「送り火ってのも、風情がありますね」

 ヤスがしみじみという。時折、パチ……パチ……、と爆ぜる音を残しながら、火は燃えていた。


「まあなあ」

「殆どの家で、送り火なんかたかないでしょうからね」


「そうなんだ」

 他の家、と言われても、大雅にはピンとこない。大変罰当たりなことに、大雅自身、今日は『盆』の日というより、同人誌即売会だった。先祖に怒られても、文句は言えない。


「さ、そろそろ、戻りましょう。坊ちゃん。……今日は、坊ちゃんが好きな、『茄子と鶏肉のピリ辛炒め』っス」

「おー、いいな」


「へぇっ! うちの、従兄弟のハトコの娘が嫁に行った先が農家で、茄子をたんまり送ってきたくれたんスよ!」

「また……随分遠いな、それ、親戚……って言えンのか……?」


「まあ、こっちは、野菜貰えるなら、嬉しいんで。最近、何でもかんでも高くなってやがりますからね!」

 また、世知辛い言葉だが、事実であるので、何を言い返すことも出来なかった。


 庭には、大抵人がいる。送り火は、そのまま放置しても問題ないだろう。それに池の近くでもある。


 居間へ戻ると、ヤスがすぐに食事を作ってくれた。


 予告通りの『茄子と鶏肉のピリ辛炒め』は、さすがに、旬の茄子はとろとろで甘くて美味しい。


「俺ァ、茄子が嫌いな奴がいるっていうの、信じられなかったんだよな。こんなに美味いのに」

「あー、なんか、食感が嫌いらしいですね。俺も、茄子は好きだから、もったいねぇ気がします」


 ヤスが、同意して笑う。


 枝豆の煮浸し、ミョウガの千切りがたっぷり乗った鰺の南蛮漬け、冷やしたトマト、キュウリと蒸し鶏の梅肉和え、オクラのおかか和え……それに汁物。


 汁物は、送り火の日は、つるんとした蓴菜じゅんさいの入ったすましものと決まっていて、今日も、それだった。いつもは、顆粒だしで何でも対応するが、これは、ちゃんと出汁をひいて作っている。


 季節の行事や決まり事、こういうものをしっかりやるという所は、割と悪くないと、大雅は思っている。



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