目次
ブックマーク
応援する
7
コメント
シェア
通報

第11話 妙な方向に思考が飛ぶ


 調べているとプリペイド式のクレジットカードは、コンビニで決済しなければならないらしい。


「まー、しゃあない、コンビニでも行くか」


 家のものたちに見つかると、『どこへ行くのか』とか、『お供します』とかうるさいことこの上ないので、見つからないように行かなければならない。


 家のものたちがついてくる時に、いつもと違ったこことはしにくい。

 絶対に、『何を買ってるんスか?』と聞かれる。そうなったときに、非常に面倒だ。


「とりあえず……タバコが切れたとでも言って……」

 しかし、ここでの喫煙率は世間と乖離している。大雅が好む銘柄など、誰かは持っているだろう。


「……んー……、資料のコピー……」

 確かに、資料のコピーならば、家のものたちは、興味がないだろう。


 丁度、印字しておきたい資料が在ることを思い出したので、それを、ネットプリントに登録することにした。


 pdfでダウンロードしておいた、横光利一に関する論文だ。現在、大学二年の大雅は、来年からはゼミに入る予定だった。文学部に所属している大雅は、近代文学のゼミに入ろうと思っている。特に関心があるのは、横光利一だった。それで、ゼミに入る前から、作品や論文を読み込んでいるのだった。


 こうやって真面目にとりくむ理由は、勿論、横光利一や近代文学に関心があるというのはあるが、家の中で、堂々と小説を読む事が出来るからだ。傍目には、近代文学も、BLも、たいして変わらない。


(いや、いっそ、BL的な視点で見ることが出来る文学作品について研究を深めるというのも……)


 大雅自身の興味の向く方向ということを考えれば、良いかもしれない。

 だとすると、川端康成の『少年』や加賀乙彦の『帰らざる夏』その他、数多の名作を網羅して、研究するというのもありかも知れない。


 そこから、現代のBLにつづく流れを解明して……。そこまで考えて、一度冷静になることにした。


「俺は、なんか、考えはじまると、妙な方向に思考が飛ぶんだよなあ」

 そして、その思考のまま暴走し始める。


 おそらく『これもやれるのではないか?』と、軽く考えてしまうのがクセなのだ。そして、そのまま突っ走ってしまうから、良くない。


 大体、大雅は、自分が腐男子ということは、おおっぴらには公開していなかった。家のものたちが、変な態度を取るのもイヤだし、否定されるのもイヤだったからだ。


「まっ、とりあえず、GURIさんの画集は欲しい」

 コンビニには行く必要があるだろう。とりあえず、財布とスマートフォンだけ手に取って、部屋を出る。ネットプリントを登録したから、クリアファイルも持参した。


 途中で、家のものたちに「あれ、坊ちゃん、外出ですか?」と聞かれる。大抵聞かれるのだ。


「おー。コンビニ行ってくるわ」

「買い物でしたら、俺がひとっ走り行ってきますぜ!」


「大学の授業に使う資料、印字してこないとならないんだよ」

「あ、それは俺らじゃムリっスね。じゃ、坊ちゃん、お気を付けて」


 礼をしながら見送ってくれるのは、有り難いのかなんなのか、よく解らなくなってくる。こう見えても、成人して、飲酒喫煙も出来るような年齢だ。まだ、深夜というわけでもないから外を歩いていても平気だろうし、このあたりは、完全に住宅街なので、そもそも、それほど危険はないだろう。むしろ、町の人から倦厭されるのは、大雅たちのほうだ。


 こんな深夜に、舎弟連れて歩いてたら、ウチの評判が悪くなるだろうよ……。と大雅はため息を吐いた。


 近隣住民から、「深夜、何かをするつもりで歩いていた」「怖くて外を歩くことが出来ない」などと通報されたら、終わりなのだ。


 東京都二十三区内とは雖も住宅街は、そう、明るいわけでもない。近所の居酒屋のウラには、猫もたまっている。それを横目で見つつ、通りへ出る。通りは明るいが、人通りはない。駅のロータリーから出てきた都バスが二三台走って行ったのと、タクシーがふらふらしている意外は、閑散としたものだった。


 人が少ないことをいいことに、通りを横切って、向かいのコンビニへ行く。

 コピー機でネットプリントをした分を印字して、それから、プリペイド式のクレジットカードのチャージを行う。今後も使うことを考えて、少し多めにチャージすることにした。


 とりあえず、これで、画集を購入することが出来るはずだった。ついでに、ビールと、酒のつまみを少々買って家へ戻る。家の前には巨大なシャッターがついていて、ここはガレージになっている。家の車が置いてあるのだった。今時、古めかしいとは思いつつ、黒塗りのベンツが、大雅の家で、一番格式が高い車という扱いになっている。それは、今、父親が乗って出掛けているはずだった。


 ガレージのシャッターは、まだ固く閉ざしているので、おそらく、まだ、父親は帰宅して居ないのだろう。


 大雅は、家の仕事、が一体どういう仕事をしているのか、実はあまり把握していない。父から、口を酸っぱくして言われるのは『コンプライアンス遵守』ということで、残業休憩、給料など、様々な部分で法令遵守という方向でいる。


 なので、年に何度か、全く予期していないタイミングで、抜き打ちのチェックが行われることになっているのだった。



この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?