家へ戻ってきた大雅は、そのまま自室にむかうつもりだった。
しかし、玄関の所で、
「おや、こんな時間にどうなさったんです?」
黒髪、黒眼鏡姿の中山は、外見は、いわゆる『イヤミな眼鏡』系の外見をして居るので、見ている分には、悪くないのだが……、大雅が小さい頃から、世話をしてくれたというのもあって、あまり近付きたくはない。
「あー、印字したいのが在ったから」
クリアファイルを見せる。が、中山は、理解していないようだった。
「印字?」
「そうそう。最近は、コンビニのコピー機に、印刷したいデータを飛ばして、印字できるんだぜ?」
という大雅の言葉に、中山は「なるほど、FAXみたいなもんですね」と理解をしたようだった。何かが違う気がするが、大雅には言語化出来ずに、もやもやする。
「……ああ、大雅さん。先ほど、べつのものから聞きましたけど、風呂に入りたかったとか」
「兄貴が入ってたからな。兄貴、風呂が長いだろ? だから部屋へ下がったんだけど」
ここから先、何を言われるのか解らなくて、大雅は、少々緊張した。
「そうですか。それなら良いんですけど」
「兄貴は?」
「……長湯が祟って湯あたりしたとか。それで、今は、部屋で休んでいます」
長湯。本当に、長湯だろうか。あの時間帯、タオルを持って浴室方面へ向かっていった中山は、……浴室には入らなかったのだろうか……? 興味はあるが、大雅は聞くことが出来なかった。
「兄貴、今日は、外へ出てたんだろ? それで、体力奪われたんじゃないかな。バカみたいな、こんな猛暑じゃ、兄貴も大変だったと思うから。中山は、兄貴についてたんだろう?」
「ええ、今日は一日、法事に参加していましたから……」
「兄貴が、湯あたり起こしてるって知ってたら、兄貴の為にアイスでも買ってきたのに。ほら、今、丁度、コンビニまで行ってきた所だからさあ」
大雅は、買い物のビニール袋を見せた。一瞬、怪訝そうな顔になった中山だが、微苦笑してから
「湯あたりって、アイスとか食うといいんでしたか?」と首を捻った。
「内部から冷たくするのは良いとかなんとか、聞いたことがありますんで」
「そうか。それなら、黙っているわけには行かないな。……良し、それじゃあ、俺は、若の所へ行ってきますんで」
言い終わるやいなや、キッチンの方へ駆けだした。いつもならば、家のものたちへは、『廊下を走るんじゃねぇっ!!』と怒鳴りつけている中山だったが、猛スピードで走り去っていたのだった。
「兄貴によろしくって、言っておいて欲しかったんだけどなあ」
と言いつつ、ま、いいやと思い直すことにした。
そこに男子が二人居ればカップリングになる、とまで言われた腐女子業界。腐男子たる大雅も、その性質に近い。
兄、光胤と
「ま、それより、GURIだな」
そうだ。何のために、コンビニまで行ってプリペイド式のクレジットカードという奥の手を手に入れるということをしたと思っているのだ。
しかし、せっかくGURIの画集を見るならば、精進潔斎した上で見た方が良いかもしれない。
風呂は空いたと言っているし、着替えはしたいところだった。
順番をよく考え、風呂に入った。
風呂は、湯が入れ替えられていた。途中ですれ違った、家の者に聞かされたので間違いないだろう。風呂場は、いつもと変わらなかった。兄たちが何かをして居た痕跡などがあれば、生々しくてイヤだと思っていたので、丁度良かった。
身体と髪を洗って湯船に浸かる。
「あー……、気持ち良いな……」
湯船に張られた湯は、少し熱いくらいだったが、おかげで、疲れが抜けていく。思えば、今日は、いろいろなことがあったものだった。
朝早くから出だして、同人誌即売会。待機列に並び、お目当ての同人誌を買いあさり、そして、GURIを助けた。時間を取られてしまったが、一日、ずっと、自分の好きなコンテンツにどっぷり浸かって過ごすことが出来たので、肉体的には疲労していたが、精神的には、気力が漲って充実している。
(今から、GURIのコスプレ写真集に、今日買いあさった同人誌に……)
たっぷりと楽しみがある。
『天雨』は、元々が、小説ということもあって、小説サークルの同人誌も多かった。美麗な絵で描き出されるマンガサークルの同人誌も魅力的だが、はやり、小説は内容が濃い。どちらにも、良さがある。
(しかも、R18……)
『天雨』は商業誌での連載なので、性描写はあっても、さらっとしたものだった。勿論、ストーリー上、それで十分なのだが……。
(やっぱ、せっかくくっついたサティシャの、イチャイチャは見たいよなあ)
うんうん、と大いに肯いた大雅は、ふ、とGURIのコスプレ写真を思い出した。
ララシュトのコスをしたコスプレイヤーと、『天雨あわせ』で撮影した、写真だ。
サティシャとララシュトの絡みが、濃厚で……、十分、セクシーだったが、それ以上に、美しかった。
(……GURIの絡み……)
おもわず、濡れ場を想像してしまって、大雅は、自分の身体の前側一部分が、余計な反応をしていることに気が付いて、顔が熱くなる。
(……なに考えてんだ、俺)
顔が熱い。
そして、同時に、GURIを取り囲んで、不埒なことをしようとしていた、三人を思い出した。
あの、コスプレの色っぽい姿を見て、あの男たちは勘違いしたのだろう。
一瞬でも、欲望を向けてしまったような気がして、後ろめたい気持ちを抜き飛ばすため、大雅は冷たいシャワーを頭から浴びた。