大学が夏休みの間の大雅の日課といえば、来学期に備えて勉強をしておくことと、多少のバイト。これは、運送業と居酒屋のバイトにしているが、超絶繁忙期の真っ只中、コミケの為に休んだので、何か言われるかなとは思ったが、皆『実に快く』送り出してくれたので、いくらか申し訳ない気分になって、菓子折を置いた。東京名物のお菓子で、最寄り駅のキヨスクで購入したモノだが、とりあえず、何も指摘されなかったので、大雅としては胸をなで下ろした。
そして、最近は、それに加えて、GURIのSNSのチェックが日課になった。
それほどSNSの投稿は多いわけではないが、たまに『ランチ』と、オシャレ目なカフェで撮ったとおぼしき写真が投稿される。サラダがメインのランチプレートが多い。常に肉ばかり食べている大雅とは、正反対だ。
(草ばっかり食ってる感じだもんな……)
そうでなければ、あの体型は保つことは出来ないのかもしれない。
身長は高かったが、身体は薄くて細かった。
(綺麗だったなあ……)
大雅は、GURIの姿を思い出す。美しい翠玉の瞳に、淡い金髪。長い睫。それは、サティシャの姿なのだが、喩えようもなく美しかった。
「もう一回……会ってみたいな……」
もう一度、間近で見てみたい。GURIは、あの時に男に絡まれたことは覚えているだろうが、おそらく、大雅の事など覚えていないから、また、近くで見られれば嬉しい。写真を撮らせて貰ったら、待ち受けにしてずっと眺めているだろう。
今は、悪いと思いながらも、GURIがSNSに上げていた写真を勝手にダウンロードして、待ち受けにしている。やはり、『天雨』のサティシャの姿のものだった。
「あっ……」
GURIのSNSに思わぬ告知が掲載されていた。
『22:00から音声配信します』
「うおおおおっ!!! 音声配信っ!!」
おもわず声が出てしまったのを、慌てて口許を押さえる。GURIが、音声配信をするのに立ち会ったことはなかったので、興奮してしまったのだった。
「……すげー、リアタイ出来るじゃねぇかっ!!」
22時まではあと、一時間と少し。どれくらい配信をするつもりなのか解らないが、万全の体勢で配信を聞きたい。
(どうする、フロ入るか……?)
しかし、先日の様に、兄たちが入っていると、面倒だ。だが、あまり遅い時間になると、家にいる舎弟たちの入浴時間が遅れることになる。家住みになっている舎弟たちがフロを使うのは、大雅の後というのが、暗黙の決まりだった。
大雅の部屋から、フロの様子が分かれば良いのだが……。
(いや、考えても仕方がネェっ!)
まずはフロ。その後、精進潔斎して、GURIの配信を待つべきなのだ。
そうと決まれば話は早い。着替えを小脇に抱えて、大急ぎでフロへ向かって湯を使うことにした。
今回は、タイミングが良かったらしい。
途中、どうにものぼせ上がったような顔をしている兄とすれ違ったので、「あれ、兄貴、今フロ?」と聞いてみると、「ああ……ちょっと前に入った所だよ。……お湯は、今、
兄たちが、いちゃついていた後かも知れない……とは一瞬思ったが、もはや気にしないことにした。
とりあえず大急ぎでフロを終え、そして、そのまま部屋へ戻る。
ざーっと髪を乾かす。普段、後ろに流しているので気にならないが、整髪剤が落ちてしまうと、前髪で完全に顔が隠れてしまうので、ヘアバンドをとりだして、床に座り。机の上に、スマートフォンをおいて、SNSを開いた。音声配信のリンクが貼られていたので、そこから入る。
開始まで、あと5分。
(やべ、緊張する……)
深呼吸をして、大雅は、時間が来るのを待つ。一秒、時間が経過するのが、やけにゆっくりと感じた。瞑目して、放送を待つ。心音が、うるさかった。
やがて、22時が訪れる。
(……来た……)
『こんばんは。GURIです……うわ、こんなに入ってくれたんですか? あ、いつも来てくれる方、沢山居るみたい。いつもの方も、新規の方もありがとう』
チャット欄が、ざーっと流れて行く。ものすごいコメント数だ。大雅も、なんとか『初参加です。』とだけ入力したが、投稿したコメントは自分で視認も出来なかった。
GURIは、顔出しをせず、この間の、サティシャのコスプレをした写真だけが表示されている。
『わー、コメントすご……。えーと『最近、新規の方多いですよね?』……うん。わかります。なんか、この間の即売会で『天雨』のサティシャのコスをやったと思うんですよ。それが、評判が良かったのかな。綺麗に写真撮って下さった方も居たみたいで。『天雨』人気ですからね。
この間は、『天雨』の他に、『SPLASH!!』の高宮アキトのコスもやったんですけど、こっちも、好きですね』
『SPLASH!!』はアニメだった……と大雅は記憶している。
(確か、3ホールを埋めた、人気アニメ……ライバルの幸手ユイトが攻めで高宮アキトが受け……)
名前だけ知っている人気ジャンルの情報は、大体、二次創作のカップリングで出てくるのが、腐男子『あるある』だ。
『……『受けが多いですよね』……あはは、確かに、そうかも。ビジュアル的に、やってみたいなと思うのは、受けの方ですね……って、アキトくんは、ウケかどうかわかんないですけどね。でも、たしかに、アキト受けの本は買っちゃいますよね』
GURIが笑っている。その声を聞いて、(GURIの声って、好きだなあ……)と大雅はぼんやりと聞き惚れていた。