最近、世の中では喫煙者に対するあたりは強い。
(他人様より多く納税してるんだから、いいじゃねぇかよ)
健康に悪いというのは重々承知しているが、それでも、税金をふかしているようなものなので、勘弁して貰いたいところだった。
やっと見つけた喫煙スペースには、休憩中とおぼしきサラリーマンの姿があって、(いや、今日、日曜日だぞ……)と、死んだ魚の目のような眼差しで、呆然と電子タバコをふかしているサラリーマンの、勤務形態や、現代社会に対して多大なる疑問が出てきたが………。
とりあえず気にしないようにしよう、と思いながら、大雅はタバコを取り出す。
隣のサラリーマンと違って、紙巻きタバコだ。
火を付けて、一度二度、ふかしていたら、急にサラリーマンが大雅の方を向いた。
(なんだ?)
「おいこら、お前、なんで紙のタバコなんだよ。臭ぇじゃねぇか」
いきなり、サラリーマンが、大雅に掴みかかってきた。
身長で言えば、大雅の方が上背があるにも関わらず、サラリーマンは、くたびれきった目を血走らせて、大雅を罵ってくる。
「紙のタバコなんか、吸って良いと思ってんのか? 大体、生意気なんだよ、こっちをじろじろ見やがって!」
大雅は、自分の身なりを『だいたい歌舞伎町あたりに居そう』ということで認識して居るので、こうやって、突っかかってくる人間がいると言うことに、感動していた。
立派なバッチを背広にくっつけたお兄さん方に、自らケンカを売りに行く一般人というのは、まずあり得ないからだ。見た目は『そっち側』の大雅としては、本当に、あり得ないことなので驚きを隠せない。
しかし、大雅の態度を、何か勘違いしたらしい男は、「なんだ、ビビってんのか? あ?」と凄んでくる。
(どうしようかな、ちょっと面倒なんだけど……タバコ、もったいねぇしなぁ)
火を付けたばかりのタバコなので、勿体ない。しかし、このまま、男ともみ合っているのも、危なすぎる。
「ちょっと、落ち着けよ……オッサン」
「はぁっ!? オッサンだぁっ!? 俺は、まだ、二十六だぞっ!!!」
二十六、と聞いて思わず、大雅は男をじっと見てしまった。
男の顔は、くたびれきっていて、目元はどんよりと灰色にくすんでいてクマが色濃く出ている。肌もボロボロで、なんとも酷い状態だった。パッと見た目では、三十を越えているはずの、
「……マジで?」
「お、おまえっ、馬鹿にしたなぁっ……っ!!」
男が大きく拳を振りかぶる。
(あ、ヤベ……)
このまま殴られても別に、たいしたことはなさそうだ……と思ったが、ケンカをしていた、と言われた時、見た目の問題で損をするのは絶対に大雅だ。できるだけ、障害沙汰にはなりたくないところだったが……。
「ちょっと、お二人さん、どうしたの!!」
大雅とサラリーマンの間に、一人の男が割って入ってきた。
「なんだ、お前はっ!!」
いきり立つサラリーマンが、男に向かって怒鳴りつける。
男は、すらりとした長身で、優しげな雰囲気だった。ふんわりした髪型や、服装のせいかもしれないが……。
(あれは……っ!)
大雅の『腐男子
男が持っているトートバッグ。その内側に、『天雨』のアクリルキーホルダーが付いている。しかも、サティシャ。
(この人は、きっと俺と同類だ……!)
おそらく、コスプレイベントに来て、喫煙所を探していた手合いだろう。
「あのね、今の一部始終、録画してたけど、一方的におにーさんが、こっちのコワモテの人に突っかかってたよ? おにーさんの会社の方に連絡しようか?」
「はっ? はあっ!? 俺の会社なんか……っ」
「それ」
と男は、サラリーマンの背広のラペルに付けられた、バッヂを指さした。
「割とこの近所の、大手企業さんだよね。……そこの問い合わせ先に、連絡しても良いんだけど?」
サラリーマンは、ぐっ、と言葉に詰まって、男を恨めしそうに睨み付けている。
「……会社に連絡されたくなければ、こっちのコワモテの人に謝って。……あのさ、このコワモテの人が、本職だったらどうすんの? おにーさん、ちゃんと、相手見た?」
「相手、だぁ……?」
サラリーマンは、怪訝そうな顔をして大雅を見やって………。
「す、済みませんでしたあっ!!!!」
といきなり腰を直角90度に折り曲げて、謝り始めた。
「す、済みません、俺、あの……、今の所、今日で28連勤でして……、ちょっと、それで」
「あー、それ、労基に相談した方が良いよ。今の法律だと、そんなに連勤させたらダメでしょ」
「え、……そ、そうなんですか? じ、自分、知らなかった……んで」
サラリーマンの語尾が気の毒なくらい、小さくなっていく。
(見た目、そんなに酷いかな、俺は……)
もしかしたら、さっきのコスプレイベントも、『ヤクザゲームの三下のコスプレ』と思われているのではないだろうか?
大雅が、密かに首を捻っているところ、サラリーマンは、隙をかいくぐるようにして「済みませんでしたーーーー」と一目散に逃げていった。
その後ろ姿を見送りながら、「なんだかなあ」と呟くと、男が、小さく、プッと吹き出した。