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第17話 北丸


 プッ、と小さく笑った男を、思わず大雅は見やる。


「……ストレス溜まってそうで大変だよね、会社員は」

 男は、淡く微笑みながら、大雅をのほうを向いた。


(……こいつ、俺の見た目でもビビんねぇんだ)

 とは思ったが、「なんか、助かった……アンタも、コスイベに来た人?」と大雅は礼を言いがてら聞いてみる。


 あわよくばリアルのオタク友達を得たいと言うだけだったが……。


「うん。……あんたさ。コスイベ突っ切りながら『喫煙所』って探し回ってたでしょ。俺も、喫煙所探してたんだよ」


「あ、そうなんだ……」

 と言いつつ、口に出して喫煙所を探していたという事実が、痛々しくて、恥ずかしくて顔が熱い。


「今、けっこう、喫煙所って探すの大変だからさ。あんたが居てくれて助かった。……あ、俺は北丸。サイ大の二年」

「あ、俺は……、桜花堂の、二年で、稲葉大雅……」


「あ、タメだったんだ。ちょっと年上かと思った」

「うん、俺も……」


 大雅が言うと、北丸が笑う。「えー、俺のほうが年上に見える?」


「まあ……うん」

 サイ大―――グローバルサイエンス大学という名前の大学だった。有名な建築家が建てたことで有名な、綺麗な校舎が有名で、偏差値が割合高かったはずだ。


「えー、酷いなあ」

「それより、あんた……、吸わなくていいの?」


「ああ。それがさ、……吸おうと思ったのに、忘れてきたんだよ」

 ははっと北丸は笑う。


「紙? 電子?」

「紙。……電子って、好きじゃないんだよ。それでさ」


「俺の吸ってるので良ければ」

 大雅がタバコを差し出すと、「助かる」と北丸が受け取って、吸い始める。


「……北丸は、コスイベとか。良く来るの?」

「あんまり。今日は、ちょっとグッズの発売があるから、ついでに来てみたんだよ」


「もしかして……『天雨』のグッズ……?」

 そんな情報はなかったはずだが……と、大雅は思っているが、それでも、昨日のGURIの配信のように、大雅の知らないグッズもあるのかも知れない。と、わくわくしながら答えを待っていると、

「あー、これ?」

 と北丸は、トートバッグについた、アクリルキーホルダーを見せた。


「これ、妹のなんだよね」

「妹居るんだ。ちょっとうらやましいな。ウチは、男所帯で」


 だいたいがムサ苦しい上に、暑苦しいし、鬱陶しい。


「男所帯のほうが、気が楽じゃない? 妹って、……まあ、概ね逆らえないよ……?」

 視線をスッ、と逸らした北丸の態度で、なんとなく、状況を察した大雅は、それ以上、追求はしなかった。


「そっか。……俺は、『天雨』が好きで、『天雨』コスの人が居ないかなと思ってきてみたんだよね。夏の同人誌即売会で、すごいコスさんを見かけたから……」


「へー……。『天雨』って、BLだよね?」

「……なんでしってんの?」


 BL作品など、BL好きでなければ知らないだろう。もしかしたら、他のBL作品は好きだったりするのだろうか……? と期待した大雅だったが、北丸は苦笑しながら、


「妹が、ものすごい腐女子だから」

 と告げた。


 北丸の言う『ものすごい』というのが、どの程度なのか、解らなかったが、仲間ではなかったらしいと思うと、少々落胆した。


「あ、でもさ、稲葉は、『天雨』好きなんだよね。じゃ、今度、妹に借りてみるよ。あいつ、大体、布教用に数冊買ってるはずだから」


 ははっと笑う、爽やかなイケメン、北丸の笑顔が眩しい。

 BL沼に、男子一名を招待してしまったことに、少々の罪悪感はあったが、それより、大雅は嬉しくてたまらなかった。


 大雅の言うことを、北丸は否定しなかった。それどころか、『天雨』を―――大雅が好きだと言ったものを、見てみる、と言ってくれたのだった。


 リップサービスかもしれないが、それでも、見た目のおかげで、今まで大体遠巻きにされていた人生を送ってきた、大雅に取っては、とても、有り難かった。

「ありがとう」


 素直に礼を言うと、北丸は、きょとん、とした顔になって、すぐに笑う。

「なんだよそれ!」


「まあ、ありがたいなと思ってさ……ほら、さっきも、リーマンのオッサンを、追い払ってくれたし」


「あー、そのことね。……でも、実は、動画とか取ってなかったから、バレたら、大変だったよね。あそこに、防犯カメラはあるから、ここの管理センターとかにお願いすればなんとかなるかも知れないけどさ」


 明るく笑う北丸を見て、意外に食えないヤツなのだなというのは理解した。


「あっ、稲葉。……んー……あのさ。俺、稲葉って名前って、高校時代のセンセーが、トラウマ級に嫌なヤツだったんだよね。それで、ちょっと、呼びづらくてさ。大雅でいい?」

「えっ? う、うん、良いよっ!」


 名前で呼んでくれる他人!! それは大雅にとっては、初めての経験だった。

 遠巻きに『稲葉サン』と呼ぶ人は居ても、『大雅』と呼ぶ人は皆無だったのだ。


「……えーと。LINEとか教えて? 今から、コスイベ見るなら、一緒に行こうよ。それで、また、機会があったら、誘って良い?」

「勿論!」


 二つ返事で応える大雅に、北丸は笑いながら「こういう所で知り合い出来て嬉しいよ」と言ってくれたので、大雅は、嬉しくて舞い上がっていた。



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