コスプレイベントは、GURIにはとうぜん会うことは出来なかったが、北丸と出会うことが出来たおかげで、一緒にコスプレイベントを楽しみ、アニメショップで買い物をし、そして、なんと、二人でラーメン屋に入ることが出来たのだった。
(俺の人生で、同世代の男と、一緒にラーメン屋で雑談することが出来るとは思わなかった……)
放課後、ラーメン屋に小腹を満たしに行くクラスメイトを横目で見ながら、ずっとうらやましく思っていた大雅にとって、これは奇跡のようなことだった。
GURIとは会えなかったが、GURIに出会わなければ、なかった奇跡である。
一体、何が何を引き寄せてくるか解らない物だ……と思う。
そうおもえば、もしかしたら、この先の人生も、今までとは違ったものと出会う可能性があるのかも知れない。とにかく、行動して、外に出ることが大切なのだな、と心に刻みつけつつ、大雅は久しぶりに学校へ行った。
学校は、渋谷にあるので、蒲田の自宅からは、東急で行っても、JRで行っても、そう乗車時間は変わらない。なんとなく、JRで移動している。京浜東北線と、山手線を乗り継げば、良いのでアクセスは割と良い方だ。
渋谷でも、センター街とは反対方向にあるので、駅前に林立する、複合商業施設ゾーンを抜ければ、急に人通りが少なくなるのが良かった。
住宅街を抜けて、ゆるい坂道を上っていく。
たいてい、朝食は家のものが用意しておいてくれるが、なんとなく今日は食べそびれたので、学食へ寄っていく。
学食は、朝食から営業していて、渋谷だというのに数百円で、ご飯とおかずと味噌汁のついた朝食セットを出してくれる。どうやら、『最近の大学生は朝ご飯を食べないよね』というのを懸念した大学側が、幾らか費用を負担して出しているらしい。
学食は昼時になると、生涯学習で通っている高齢者たちが散見されるが、朝の時間帯は、学生だけに限っているので、年配の人は居ない。
たまに、坂下にあるパン屋で買ったサンドイッチを片手に、教授が本を読んでいる姿を目撃するが、少し、大雅はあの姿に憧れていた。
将来のことなど解らないが……、社会人になっても、本を手放さない生活は、手に入れたい。
朝定食を静かに食べていると、スマートフォンに通知が入った。
『プレゼミ生への連絡(川崎ゼミ)』
大雅は、一度、箸を置いて、スマートフォンを手に取った。
桜花堂大学では、二年の後期から、プレゼミという形で、三年度からのゼミの選考が行われる。ゼミの雰囲気や、内容を体験して、ゼミにふさわしいか、試験されるという制度だった。確かに、ゼミに入ったものの、内容や人間関係が馴染めず、そのまま、大学に居づらくなるようなことがあると、大変だ。
今日から、二年度の後期に入るということで、プレゼミの案内が来たのだった。
大雅が申し込んだのは、近代文学の川崎達司教授のゼミだ。今まで、何冊か著作があるが、この夏休みを利用して、何度か熟読している。
(……やっと、ゼミに入れる!!!)
今までは、コース以外の講義も取らなければならず、気が進まない部分もあったが、これで、日本近代文学にどっぷり勉強出来るはずだった。
(えーと……)
川崎ゼミは、新館の三階にあるということだった。今日は、そこへ集まるということで、時間は、十時半。これは事前に言われていたとおりだ。持参品は、筆記用具とPC。
勿論、持参品は用意してある。あとは、時間通りに、ゼミ室へ行くだけだ。
現在、時刻は、九時。あと、一時間半くらいある。
(じゃ、図書館にいくか……)
学食から出て、道路を渡った向かい側に、図書館と、大学附属の博物館がある。
大学で所蔵している貴重な書籍や資料が展示されているので、たまに、展示が変わったタイミングで、観に行くことが大雅は多い。
大学図書館は、学生証についたQRコードがなければ入ることが出来ないシステムで、部外者が入ってこないおかげか、いつも静かで、快適に調べ物や読書が出来る。
いつもの日本近代文学のコーナーに向かう。
図書館の独得の―――少し、黴っぽいような、本の匂いが、このあたりは特に濃厚な気がした。
棚から、川端康成全集を取りだして、閲覧用の席へ向かう。時間帯が早いせいか、人は少なかった。
席に着いて、ページを開いた時、向かいに、一人の男が座った。
髪色は、白っぽい。長身の、すらりとした体型の男で、整った顔立ちをしている。
一瞬見蕩れたが、彼は本に視線を移したため、それ以上、顔を見ることも出来なかった。
(……なんか、びっくりするくらいの美形だな……)
渋谷という土地柄のおかげか、このあたりは、様々な髪色をした人たちがいる。ピンクだったり、青だったり、鮮やかなオレンジ、金髪。最近、目の前の男のような、シルバーというのか、白っぽい髪色というのも増えているようだった。これは、男女を問わず、という感じだ。
大雅は、目の前の男が気になりつつも、川端康成の全集に視線を落とした。
川端康成の名作、『古都』。その美しい文章を、ゆっくりと読み始める。途端に、周りの音が聞こえなくなった。