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第21話 そういえば。

 大雅の方は、目の前の男に見覚えはなかった。


 この、恵まれた容貌の男ならば、一目見ただけでも、記憶にガッツリと刻み込まれて、一生忘れないだろう。GURIの声に似ているというのだけが気になるところだが、いま、それを聞くわけにも行かない。


「まあ、それなら良いんだけど……じゃあ、プレゼミの説明をするよ」

 席に着いて、と言われたので長机に着席する。


 ゼミでは、共同で研究をする他、文学への理解を深めるために、『文学散歩』を行うということだった。


「あの、文学散歩ってなんスか?」

「ああ、文学散歩は、その作家や作品にまつわるところを訪ねることや。……作家が見た風景を体験するのは、理解の一助になるな」


 御園生が頷きながら言う。


「あー、わかったっス。ようは、推し活で言うところの、聖地巡礼と一緒っスね」

「……聖地巡礼……」


「そうっスよ。アニメに登場したところとか、小説に登場した食べ物とか、そう言うのを全部体験して行くのが聖地巡礼です。で、この場所で、あのキャラとかあのアイドルが、なになにしたんだ~とか、感慨に耽るヤツです」


「なるほど」と川崎教授が声を掛ける。「そう言う意味では、文学散歩も、推し活の聖地巡礼も同じだね」


「合ってたなら、よかったっス」

「でも、君は、いま簡単に『要するに』と纏めたよね?」


「えっ? ハイ」

 なにか、それが行けないことだったのだろうか。内容はあっている。だが、川崎教授は、わざわざ、ソレを指摘した。


「……気軽に『要するに』という言葉を使って、ある言葉を別の言葉に置き換えて、理解したつもりにはならない方が良い。その言葉で……君が『文学散歩』という言葉で、理解出来なかったのは何故なのか。そこに、なにか取りこぼしていることがあると思うよ。こういうことを、少しずつ、丁寧に取りこぼさずに見ていく必要があるね」


 背中に、冷たい水をぶっかけられたような。

 そんな気分になった。


 目が覚めた―――と言うべきだろうか。

 今まで扱ってきた、言葉、というものを、もっと丁寧に大切に扱う必要がある。それを、大雅は知らなかった。


「……俺、がさつなんで……、丁寧さとかは、あんまりないんですけど、今から、気を付けます」

「うん。『次から』じゃなくて『今から』で良かったよ」


 川崎教授の柔らかな笑顔を見て、ぞっと肌が粟立った。些細な言葉の全てを、川崎教授は、見ているのだ。


(これは……油断できネェ、真剣勝負だ……)


 斬るか――――。

 ――――斬られるか。


 そういう、緊張感がある。

 額に、脂汗をかき始めた時、「あの、そういえば」と野原が手を上げた。


「ん? なに、野原くん」

「毎年、プレゼミから参加して貰ってるんですけど……、来月、学祭があるじゃないですか。それで、もう出し物決めないと、日程厳しいんですよ」


「あー、学祭ね」

 面倒くさいなあ、と川崎教授は小さく呟く。


「学祭とかだと、大体、屋台とか、そういうのやりますよね。川崎ゼミは、去年は何だったんですか?」


 広瀬が、聞く。


「去年は……たしか、林檎飴だったかな」

「多分……」


 先輩二人が、妖しい記憶を頼りに返答する。それを聞きながら「屋台ものって感じっスね」と小さく大雅が呟いた。


「まあ、そう言うのが、一番無難だよね。……二人は、そういうの、詳しかったり、やりたかったりする?」

「あー……、自分、うちのもんが、そういうの、詳しいですね。家業のサイドみたいなのでそういうのやってる奴らがいるんで」


 ぽそっと大雅が呟くと、皆の顔が一瞬、引きつった。


「家業……って?」

「あー、最初から、一応言っときますけど、自分、家が、アレなんスよ。ようは……『ヤ』な感じの家で……自分は、そっちには行かないんで、関係はないんですけど、もし、気になるなら、ゼミも諦めますんで」


 後から、バレて、出て行けとか、騙したな、と言われるよりは、よほど良いだろうと思って、大雅は自分から言う。


 実家のことを話すと、何割かの人間は、大雅と付き合いを止める。それも、仕方がないとは、大雅自身も、よく解っている。


「……稲葉本人は、無関係。で、いいんやな?」

 御園生が、静かに確認するので、大雅は大きく肯いて応えた。


「勿論です」

「……こわーいお兄さんたちが、大挙するようなことは?」


「まあ、ないと思います。ウチのもんたちも、俺の近辺でちょろちょろするのは、止めろってオヤジにも言われてますから」


 オヤジ、という言葉に、皆の顔が、こわばった。


「……まあ、そういう家の生まれなんで……、迷惑が掛かるようだったら、追い出してくれて構わねぇっス」

 これを最初に明言しておかないと、後になって、大雅を追い出したいと思ったときに、いろいろと迷うこともあるだろう。


(……広瀬さんが、GURIだったら……)

 GURIにも、知られたことになるのかな、と大雅は少し、苦笑した。

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