昼食の時間になるということで、プレゼミの顔合わせは解散になった。
それはいいのだが、川崎教授の研究室を、広瀬と一緒に出されてしまった大雅は、なんとなく、会話の
(……いっそ、『もしかしてGURIですか』、とか聞いてみるか……?)
とは思ったが、人前で、オタクかどうかを聞くようなモノだから、避けて置いた方が良いだろう。
仮にGURIだとしたら、先日の同人誌即売会では、大雅が『腐男子か?』と聞いた時に、別に『腐男子ではない』と明言していたはずだった。おそらく『BLも読むオタク』という所だろうが、そう言う人は、人にはオタク趣味を隠しておきたいという人も居るはずだからだ。
(俺は、ああいう家で育ったから、ちょっと、デリカシーとか、そう言うのが弱そうだしな……)
実家は、ヤクザだ。
今では、年に数回、抜きうちの『コンプライアンステスト』が実施されるなど、『働き方(?)』が改善されてはいたが、それでもまだ『男の美学』的なものが通用する世界観である。そこで生まれ育っている大雅は、一般常識が苦手という認識は、十分持っていた。
知らずに常識外れな言動をしているかも知れないし、おそらく、そう言うことは十分しているのだろうし、それで、広瀬とうまく行かなくなるのは、困るとは考えている。広瀬が、GURIであろうとなかろうと、ここから先の大学生活で、一番親しく付き合わなければならないのは、広瀬のはずである。
(あ、もしかしたら、広瀬って、ビビッてたりすんのかな)
「あのさ、広瀬」
「えっ……!?」
広瀬の声は、裏返っていた。やはり、声を聞くと、GURIの声に似ている気がする。
「……俺、実家がヤクザだし、こういう見た目だし、まあ、けんかっ早いけど……ここから先、川崎ゼミに入るなら、きっと、一番付き合いが長くなると思うから、よろしく。……まあ、そんな、友達とかそう言うんじゃなくて、ゼミの人ってくらいに付き合ってくれたら嬉しいよ」
出来れば無視とかはされたくないな、と思いながら、大雅はいう。広瀬は、一瞬、何を言われているのか解らないような顔をしていたが、やがて、大雅の言っていることが、どういうことなのか理解したのだろう。
「はぁっ!? なんで、そんなこと、お前に言われなきゃならないの?」
顔を真っ赤にして、怒りだしたのだった。
その顔を見て、幾らか、大雅は落胆する。
「ああ悪ィ……。また、だけで、仲良くとかは本当にしなくて良いから、最低限、やりとりが出来れば……」
「そうじゃないっ!」
大雅の言葉を鋭く遮って、広瀬は続けた。「そんなのは、俺が決めることで、お前に言われることじゃないだろ! ……別に、お前の後ろに、常に、ヤクザが護衛に付いてるとかだったら、俺だって、遠巻きにすると思うけど、別にお前、何もしてないし、一人でただ学校に通ってるだけだろ!」
「う……うん」
新館三階の廊下を行く学生や教職員が、チラチラと大雅と広瀬を見やっている。
見た目がアレな大雅を、見た目が美しい広瀬が怒鳴りつけているということで、奇妙な構図に見えるのだろう。
「な、なあ、……結構、注目を浴びてるんたけど……」
「うるさいっ! そんなの、関係ない! これは、俺の問題だっ!」
「……まあ。それは良いんだけど……」
「……とにかく。俺は、別に、お前の実家とか、そんなのは気にしない!」
そう言い残して、広瀬は足早に去って行く。
「あっ……ちょっと……っ!」
大雅は慌てて広瀬を止めようとしたが、彼は、振り返ることもなく、ずんずんと肩で風切って歩き去ってしまった。
(……あいつ、どこ行くんだろ……)
広瀬が向かった方向からは、他の建屋にも行くことは出来ないし、学食にも勿論いくことは出来ない。行き止まりの袋小路なのだ……。
この新館は、エレベーターホールを中心に東側と西側に建屋が伸びている、がそれは直方体の形をしていて、途中で曲がり道などはないし、階段も、非常階段が有るだけだった。
非常階段は、アクリルのドアノブカバーが付けられていて、普段は外すことは出来ない。
(このまま……ちょっと待っててみる……か?)
待っていれば、おそらく、広瀬は戻ってくるだろう。
その様子を想像してみた大雅は、広瀬が、憤慨しているのを想像して、「やっぱ、やめよ」とエレベーターホールへ向かった。午後一、今日は授業がない。少し遅めに学食へ行って、空いているところで悠々と食事をしたほうが良さそうだった。
勿論、人気のある、『スペシャルセット』は売り決れてしまうだろう。アツアツの鉄板で提供される、日替わりのハンバーグやチキンステーキなどは、メインプレート、ご飯、味噌汁が付いてワンコインの破格だった。ボリューム的にも満足がいくものだったので、大雅も間に合えば狙うところだが、大抵、二限目を食堂で待機している学生達に先を越される。
(……広瀬……、昼飯、どうすんのかな……?)
一向に戻ってこない広瀬の昼飯が気になりつつ、大雅は、やっと到着したエレベーターに乗り込んで、食堂へ向かった。