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第25話 先回り


 大学近くの住宅街にある、隠れ家的なカフェ―――に男二人が向かい合って座っている光景を、店の人がチラチラと見ているのが解った。


(……広瀬は良いけど、俺は、浮いてるよなァ……)

 店内は、木のぬくもりを感じる、ナチュラルな内装だった。


 壁は真っ白な漆喰で籠手の筋が残る様な形で塗られていて、大きな白木の梁が印象的だ。それに、沢山のグリーン。透明感のある硝子のインテリアなどで彩られている。


 そこに、『見た目はヤクザ』な大雅が居ると、なんとも違和感しかない。

 とりあえず、ランチセットを注文したが、メニューは雑穀米とおかずのプレートだった。


「が、学校の近くに……、こんな所があるなんて、知らなかったよ」

 はははは、と大雅は乾いた笑いを浮かべるが、広瀬は、黙ったままだった。


(せめて、なにか言ってくれよ……)

 でないと、気分的にかなり辛い。殆ど面識のない相手と、二人きりで食事が出来るほど、大雅のコミュニケーション能力は高くないのだ。


 とにかく、次の話題はなにかないかと焦りだした頃、広瀬が口を開いた。

「……あのさ、助かった」


「えっ?」

「連れだしてくれて、助かった……女の子達、いつも、周りに集まってくるんだけど、迷惑してたんだ。迷惑っていうと、キレるし……」


「あーー……」

 なんとなく、それは理解出来た。たまに、駅などで、何かを指摘されたオバチャンが、吹き上がっているのを見ることがある。そんな感じだろう。理不尽なコトを、広瀬に要求してキレ散らかしているに違いなかった。


「災難だな」

「うん。……俺的には、放っておいて欲しいっていつも言ってるし、彼女たちと付き合うつもりもないのにね……彼女たちが、近くにいると、『入れ食い状態でうらやましい』とか言われるし、つきまとわれたり、バイトをクビになったり、散々だよ」


「バイトを……クビ?」

「うん。……バイト先まで、つきまとって店の前で集まられて、……商品も買わなかったりするからね」

 本当に迷惑だった、と広瀬は言う。


「はー……、なんか、イケメンってだけで、人生『徳』してそうだけど、意外にそうじゃねぇんだな……」

「……稲葉は、さっき、わざわざ、強い言い方しただろ」

「まー、俺ァ、ああいうキャラだからなあ」

 見た目ヤクザなら、ソレを生かしていけば、それなりにやれることもあるということだ。


「また、助けられた。それなのに、昨日は、ゴメン……」

「ん?また?」

 何のことか解らずにクビを捻っていた大雅に、広瀬は、一度深呼吸してから、ぺこり、と頭を下げる。


「えっ? ええええっ………!?」

 いきなり頭を下げた広瀬に動揺して、大雅は思わず大声を上げてしまい、店内の注目を集めてしまった。


「……この間の、同人誌即売会。……助かった。俺、……あの時の、サティシャのコスだけど……覚えてる?」

 広瀬が、伺うような目で、大雅を見た。いくらかの、不安、がその眼差しに見えた気がした。


「……覚えてるし、SNSは見てるし、写真集も買いました……実は、昨日、GURIに、声が似てるって思ってて……」

「ちょっと……なんで、写真集まで見てるんだよ……」

 広瀬の顔が赤くなる。ソレを見て、大雅は素直に(可愛いな)と思った。


 同性の広瀬だが、顔を赤らめたりするのは、かなり可愛い。とても、良い。貴重なモノを見た、と大雅は満足したが、すこしだけ、広瀬を取り巻いていた女の子たちと変わらないのではないか、という気持ちにもなった。


「俺、あの時のコスを見て、GURIのファンになったんで………あ、だからといって、広瀬に、つきまとうとかはないから……」

 それだけは気を付けよう、と大雅は心に誓う。

 ましてや、写真集で見た、BL絡みが美しくて、心からドキドキしたなどとは、口に出して言うわけには行かない。それは、絶対に。


(キモオタからオタ絡みされるほど、不愉快なモノはないだろう……)

 距離感は保ちつつ、研究室で、必要最低限の会話をしてくれるくらいならば、大雅としては満足だ。


「……つきまとわないって言うのは有り難いけど……、あのさ、昨日も、思ったんだけど、なんで、稲葉って、勝手に……先走って決めてんの?」

「へっ!?」

 目の前の広瀬は、心底『理解出来ない』という表情をして、大雅を見ている。


「先走って……た、かな……俺」

「うん。……なんとなく、解るけど、別に、最初から、そう言う宣言をしなくても良いんじゃないかと思う。特に、最低限の会話だけとか、そういうのは、良くないと思ったから」


「でもさ、それは、広瀬が不愉快にならないかなと思って……」

「それが先走ってるってことだって……。俺はさ、まだ、稲葉と初対面みたいなモノなのに。なんで、稲葉は、勝手に俺がどう思うか、決めつけてんの? それは、俺は不愉快だよ。稲葉だって、俺のことなんかロクに知らないのに、なんで、勝手に推測出来るんだよ」

 言われて見れば、確かにそうだった。


「……確かに……、ゴメン」

 今まで、否定されることが多かった人生を過ごしてきた大雅にとって、先回りして、相手が大雅を『不愉快に思う』ことを前提としていたほうが―――。

 大雅自身が傷つかないで、済んだから、こういう立ち回りをすることが多くなったのだ。


 いま、それを指摘されて、大雅は恥ずかしくなった。

「……腕っ節は強いけど、あんた、中身はわりと、弱々で、卑屈だよね」

 ズバリ指摘されて、ぐうの音も出ない。


「俺は、自分のことが好きじゃないような、卑屈な人って、見てるとイライラするし、大嫌いだな」

 大嫌い、という言葉が、グサッと大雅の胸に突き刺さった。


 何か、会話を続けなければ、と思っていたが、店員が今日のランチプレートを持ってきたおかげで、会話は完全に途切れてしまい、その後は、ひたすら無言で、食事をすることになった。


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