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第27話 明晰夢


 五時間後に届いた新歓案内自体は、良かったのだが、問題は『明日19時、××に集合~』と書かれたメッセージには、少々、イラっときた。時間調整の話も何もなく、いきなり『明日』と来たら当然だろう。


(てか、時間調整とか予約とか、どうしたんだろ、御園生さんは)

 すくなくとも、大雅は都合の悪い時間などは聞かれなかった。


 明日、万が一、大雅が来られなくても別に良いと言うことだろうかと思うと、なんとも悲しい気分になるが、とりあえず、妄想で落ち込まないようにした。


 大雅が、部屋にごろんと転がって、ぼんやり天井を眺めていた時、ひっきりなしにスマートフォンに着信が入っているのは気が付いたが、少し放置をしておいて、BL本を読むことにした。


「今日の気分は……、エロエロな、18禁二次創作マンガだな……」

 勿論、二次創作ならば、今は『天雨』しかない。

 絵が美しく、濡れ場のシーンがガッツリしているマンガ家が、SNSで、


『気が付いたらすごい枚数になっていたので済みません』


 と謝りながら出版していたものだけあって、『薄い本』とは名ばかりの分厚さだった。


 三百頁くらいはあるだろう。

 表紙もフルカラーで、箔も押してあるし、遊び紙も凝っている。その上、冒頭にカラー口絵が入っていて、見開きフルカラーで、これまたきわどい、サティシャの絡みシーンが描かれたイラストが書かれていて、思わず、パタン、と同人誌を閉じ、瞑目して天を仰ぐ。


 どこかに居るであろう、腐女子の守り神、『腐女神』に心から、感謝を捧げたくなった。


「いや……マジで、どエロいなあ……、サティシャの、薄着とエロ姿溜まらん……」

 食い入るように眺めて、不意に「あー、これ実写再現してくんないかな……」と口に出てしまったところで、慌てて、「いやいやいやいや!!」と、慌てて口を押さえる。


 サティシャを再現して貰いたいと言えば、それはGURIで……。

 あのGURIに、こういうイヤらしい格好をさせるわけには行かない……。

 が、ちょっとだけ見てみたいという、欲望も頭をもたげる。


 他のコスプレイヤーとのBL絡みの写真を思い出し、胸の鼓動が早くなる。


(余計な妄想をしてしまったせいだ……)と思いつつ、肌を透かせるほどのうすものと、太腿や腕、臍を金鎖きんさと宝石に彩られ、大きく脚を広げ、体液で汚れた局部を晒し、上気して、薔薇色に頬を染め、とろん、と潤んだ眼差しを見せるサティシャ。サクランボのような色をした唇も、濡れてつややかに光っている……。


 そんな色っぽい姿を見せつけられると、さすがに、大雅も元気に反応するし、この姿を、GURIで想像してしまったことに対しては、いくらかの罪悪感があった。


「……いかん、これはいかん……」

 大切な同人誌を書棚の奥に押し込めて、大雅は、購入したばかりの英語の本を読み始めた。いままで、それほどマジメにやってこなかったので、基礎からやり直すつもりで『中学英語』のラジオテキストからのやり直しだ。


(そうそう。雑念は、勉強で消すに限る……)

 頭の中では、GURIの色っぽい姿が、もやもやと浮かんでは消えていく。


 なんとかたたき出すため、ひたすら、懸命に英語の教本に向き合った。





 ―――気が付くと、繁華街の片隅にいた。歌舞伎町の裏通りに見える。


 作り物のようなハデな化粧をしたホストたちと、可愛らしい女の子たちの姿が見える。ホストも、女の子も、記号化したように同じ顔、同じ格好に見えた。


(なんだ、こりゃ……夢か……?)

 明晰夢、をたまに見ることがある。夢の中で、夢と認識出来ている状態ということだ。


 夢の中の歌舞伎町は、現実の歌舞伎町より、細部が中途半端だった。大雅が、認識して居る部分、興味がある部分、関心がある部分だけが強調されているからだろう。


 その辺に散らかった吐瀉物の痕。

 キャッチの男たち。

 何語だか解らないが、楽しそうに写真を取る外国人達。

 無数に飛ぶ鳩。

 ……そういうモノの中に、ひときわ美しく輝くものがあった。


 サティシャだった。

 いや、サティシャではない。サティシャに扮した、GURIだった。つまり、広瀬だ。


 いつもの、美しい装束を身に纏い、ゴミや吐瀉物の痕でよごれた町を、衣を引きながら、GURIはゆっくりと歩いてくる。まっすぐと、大雅の元へ。


 言葉は出なかったし、脚が、吸い付いてしまったかのように、動くことも出来なかった。

 ただ、呼吸するのも忘れて、GURIをじっと見詰めていることしか出来ない。


 やがて、GURIが近付いてきて、大雅の頬に触れた。冷たい、指先だった。

 どういうつもりなのか、問おうとしても、問いかけることも出来ない。口は動いたが、声を出すことは出来なかった。


 唇に、冷たい感触がした。

 それが、キスだと気付いたのは、暫くしてからのことで……。


 気が付いたら、豪華な天蓋のついた寝台ベッドの上に転がされ、GURIが、馬乗りに跨がってきたところで……ぷつり、と意識が途切れた。




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