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第29話 気になる人


 飲み会の会場までは、御園生が一緒に行ってくれたので助かった。


「ほれ、広瀬目当ての女子が面倒やろ。……俺は、広瀬とトラブルになりたくないしな」

「トラブル……って」


「広瀬目当てで入ったのに、俺に夢中になったら、いろいろまずいし」

 なんとも、自意識過剰なことだとは思った大雅だが、実際、女子を侍らせていたのを思い出すと、何も言えなくなってしまった。


「……なんというか、すごいっスね」

「まあ、モテるからねぇ。……稲葉もモテたいなら、姿形変えちゃったらすぐだよ」


「そうは思わないし、モテは要らないんでいいっス」

「そうなんだ。勿体ないなあ……ま、俺は、稲葉の分も分け前が増えるからいいけどな」


 明るく笑いながら言う御園生だったが、言っている内容は、結構ゲスな気がして、大雅はツッコミを入れるべきか悩んで、口を噤んだ。余計な事は、言わない方が身のためだ。


「野原さんは、ああいう広瀬目当ての女子とか、嫌ってそうじゃないですか」

「そーだねー」

「実際、どうなんですかね」


「まあさ、この先、いろんな人が居るだろうし、どこに行っても、俺とか広瀬みたいにモテるヤツの周りは人が集まってくるからさ。……ここで、対処方法を学べた方が社会に出たとき、ラクになると思えば良いかなって。


 近代文学は好きだけど、教授になるわけでもなければ、趣味で文学好きをやるだけだろ?」

 それは、そうなのだ……。


「今しか、勉強出来ないんじゃないかとおもうんですけど」

「別に、勉強なんか、一生出来るやろ。環境のせいとか、いろいろあったら、勉強も面倒なのかもしれんけど……まあ、今はなぁ、今しか出来ないことを全力でやったほうが楽しいと思うんやけど。恋愛は、絶対に学生時代にやっておいた方が良い。俺は、そう思うけど……で、大雅はどんなのが好みなの?」


「えっえええ?」

 ずい、と顔を寄せてきた御園生に、大雅は狼狽えて後ずさる。


「今、気になる子とかおらんの?」

「気……気になる……」

 どうやってはぐらかそうと思案していた時、ふと、思い出してしまった。


 昨日の、夢で見た……あの、キスを……。


「……っ」

 せっかく、精神統一して妄想を振り払ったと思ったのに、一瞬で復活してしまった。


 覚えている。冷たくて、柔らかな唇の感触を……。

 唇に残る感触は冷たいのに、大雅は、一瞬にして、顔が熱くなった。もう肌寒くなってきた季節だが、汗が吹き出る。


「おっ、なんか、おるんやな……」

 にやーっと御園生が笑う。人の悪い笑みだった。


「ちょっ、ちょっと……待ってくださいよ!!」

「なに?」


「……俺の話なんか聞いたって、なんも、面白いことはないっスよ………大体、今まで付き合ったこととか、ないんスから。……家が反社ってヤツと、付き合いたくないでしょ」


「ふうん」と呟いて、御園生は、頭の天辺からつま先まで、大雅を一瞥した。


「悪くないとは思うからね。……割と中身も素直で良い奴やと思うし。……誰か気になる子が居たら、すぐに言うてな。取り持つから」

「……そう言うことにはならないと思いますよ……」


「なんで? 今までの、大学生活で出会いがなかったんだったら……きっと、これから先も、出会いは皆無やろ。お前、童貞なんだろうし……、そしたら、先輩のよしみで、いろいろ相談に乗るで?」


 往来で、童貞をバラされることについては、抗議したかった大雅だが、言えば、余計にイジって来る可能性もあると思って、黙っておいた。見た目も出身もヤクザな大雅は、今まで、こうして軽口を聞いてくれるような人物というのには遭ったことがない。そういう意味では、御園生は貴重な存在ではあった。


「……気になってるといえば、……、広瀬は気になってますけど……」

 そう告げた途端、御園生が「えっ」と顔を顰めた。「……まあ? 多様性は大事だし……、そう言うこともあるんやろけど……お前、あれが好みかぁ」


「べ、べつに好みっていうわけじゃねぇんですけど……」

「まあ、確かに、黙ってたら顔はキレイ。俺ほどじゃないけどなー」

 それについては、同意も反論もしないでおいた。面倒だからだ。

「……」


「で、なんで゛広瀬が気になるって?」

「あー……なんか、嫌われてる感じがするから? ……いつものことなんで、あんま気にしてないんですけど……、同じゼミなら、うまくやって行ければと思ってて」


「なら、あの女の子たちともやん」

「それは、大丈夫っス。女子達、絶対に、近付いてこないんで、それはそれでこのままの距離をキープして貰えれば問題ないっス」

「このままの距離……?」


「つまり、攻撃されたりしなきゃ、良いってことですよ。……野郎なら、一発殴れば済みますけど、女の子だとそれやったら絶対まずいんで」

「まあ、たしかに……じゃ、本当に、広瀬には気を付けた方がええな」

「なんでですか?」


「広瀬の敵でも、広瀬の友達でも、攻撃されそうだから。あの女の子達に」


 納得はしたが、なんとなく腑に落ちない気持ちもある。「アイツも苦労してるんスね」

 とだけ呟いて、視線を前方へ向けると、会場の居酒屋が見えてきたところだった。


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