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体育館にて

 ある日の体育の授業、涼香りょうかのクラスは体育館での活動だった。


 準備体操を終わらせた涼香達三年生は、その場で座って体育教師の指示を待つ。


「今日の体育は……」


 厳かにそう告げる体育教師。生徒たちも固唾を飲んでその先の言葉を待つ。まるで神聖な儀式が始まるかのような静寂、体育教師はゆっくりと、生徒たちの間を抜けていく。音をたてぬよう振り返ると、体育教師が体育倉庫に入っていく。なぜか扉を閉めた。重たいのに。


 一秒、また一秒と時間が過ぎていく。そろそろ早くしてくれねえかな、という空気が漂い始めた時、音を立てて扉が開き、中からどのような死闘があったのか、ボロボロの体育教師がゆらりと現れる。


 体育教師が手に持つもの、それは――。


「ドッジボールをします」


 その瞬間、体育教師の持っているボールが宝玉のように輝いて見えた。


「「「「「うおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉ‼」」」」」


 そして大盛り上がりである。ちなみに、表情こそクールだが涼香もそこに含まれている。


 早速コートの確認、チーム分けをして外野を配置。小学生にも負けぬ素早さで準備を終わらせる生徒達。


 準備完了の合図を体育教師にして、遂に試合開始のホイッスルが鳴り響く。


 涼香の通う高校は女子校だ。しかし、お嬢様学校ではない。つまり……。


「うおりゃぁっ」

「ぎゃあぁぁ!」


 阿鼻叫喚の地獄絵図、共学校のようなキャッキャッとした声ではなく、断末魔の叫びが響く。


少々過激な気がするが、一応涼香達は三年生だ。そして三年生といえば受験生、勉強のストレスなどが溜まっているのだろう。体育教師も「怪我だけは気をつけろ」とだけ言って後は見守っている。


 生徒たちは互いに、某パン工房のバターさん顔負けの顔面違う意味でアウトのボールを投げ合う。


 しばらく一進一退の攻防が繰り広げられ、やがてボールは涼香に向かって飛来する。


 ボールの速度、回転、軌道それらを読んだ(気になっている)涼香は正面でボールを受け止め――。


「ふぐぅっ」


 られなかった。腹部にクリーンヒット、空を切った腕でそのまま腹部を抱えて倒れてしまう。


「「「「涼香!」」ちゃん!」」


 クラスメイトが倒れる涼香に駆け寄る。


「うっ……みん……な……」


 涼香は仰向けになり、今にも命の灯が消えそうな雰囲気を醸し出す。


「血が……」「涼香ちゃん! 生きて帰るって言ったじゃない‼」「大丈夫、まだ……助かるからっ」「止まって……‼ 止まってよぉ‼」

「ごめん……ね……みんな……。……ごめんね……涼音すずね……」


 クラスメイトの手を握りながら、今ここにはいない大切な後輩の名を呟きながら、涼香は――。




 一方そのころの涼音は。


「くちゅんっ」


 折れてしまったシャー芯を出しながら、再び小テストと対峙するのだった。




 外野に出た涼香を迎えたのはここねだった。


「大丈夫? 涼香ちゃん」


 一応念のため、茶番だろうけどもしものため聞いてみる。


「死んでしまったわ」


 大丈夫そうだった。


「生き返らないとだね!」


 適当に流したここねが奮起すると、タイミングよくボールが飛んでくる。驚いてしまったここねをかばうように、涼香がそのボールをキャッチ(奇跡)する。


 なんたる幸運、外野に出たばかりなのに内野に戻るチャンスがやってくるとは。


 涼香は内野に戻るという強い気持ちを持って振りかぶる。大事なのは体重移動だ。軸足から反対の足に体重を移動させ、下半身も使って腕を上から下に振り下ろす……はずだった。


「ふっ――ゔっ」


 力強く腕を振り下ろす瞬間、指が滑ってボールが真上に飛び、バスケットゴールに当たって跳ね返り涼香の頭を強襲する。今日の涼香は運が良かった。


 涼香の頭で跳ねたボールは相手コートを転がる。


 その後、白熱したドッジボールは両チーム勝ち負けを繰り返し、大きな怪我無く終わったのだった。

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