ある日の放課後。ファストフード店にて、
「しょっぱいものを食べていたら甘いものが飲みたくなってくるわね」
涼音のバニラシェイクをガン見しながら涼香が言う。
「なんで頼まなかったんですか?」
「野菜は大切でしょう?」
そう言って涼香は自分の注文した野菜ジュースを軽く振る。
「いや、まあそうですけど……はあ」
渋々といった様子で、涼音は涼香にバニラシェイクを渡す。
「ありがとう」
バニラシェイクを一口飲んだ涼香、次は手元に置いてあるポテトに目を向ける。
「甘いものを飲んだらしょっぱいものが食べたくなるわね」
チラチラと見てくる涼香を無視して、涼音は自分のポテトを口に運ぶ。
するとなぜか涼香が静かになり、それを訝しんだ涼音が目を向ける。
涼香はスマホの画面と睨めっこしていた。涼香はスマホを顔が隠れる位置で持っていて、表情がよく見えない。
「ポテト冷めますよ」
「ええ、そうね」
分かっているのなら別にいいかと、涼音は自分のポテトに集中する。少し濃いめの塩味が美味しい。
「ポテトが食べたいわ」
スマホを構えた涼香がそんなことをボヤく。
「食べればいいじゃないですか」
投げやりに答えた涼音だったが、涼香の求めていた答えは違うらしく。
「あーん」
そんなことを言い出した。
「嫌ですよ‼ 他にも人がいます……し……」
最初こそ語気が強かったが、最後になるにつれ声の調子を落としていく。
なぜか涼音の心にモヤッとしたものが生まれたのだ。
「……なに見てるんですか? さっきから」
「意地悪の涼音には教えてあげないわ」
「そーですか」
口を尖らせ黙ってしまった涼音を見た涼香は、僅かに笑い声を漏らすと自分のポテトを一つ摘む。
「はい、涼音」
「自分の食べるんでいいですよ」
「そんなこと言わないの。はい、あーん」
「……」
サッと涼香のポテトを食べた涼音は辺りに視線を巡らす。ただでさえ涼香は周りからの視線を集めるのだ、更に目立つようなことはやめて欲しい。
満足そうに微笑むスマホを持った涼香。
「ねえ先輩。なにを見ているんですか?」
「涼音を見ているわ」
「いや、そうじゃなく……て?」
涼香はスマホの背面を涼音に向けて持っているのだ。まるでカメラを向けるように。
「ちょっと先輩」
涼音が涼香のスマホに手を伸ばすがサッと腕を引かれてしまう。
「見せてください」
何回か手を伸ばすが、その尽くが避けられてしまう。
そしてその静かな攻防の末。
「「あ……⁉」」
涼香の手から滑り落ちたスマホが音を立てて床を滑る。
その瞬間、二人に流れる時間が静止する。
持ち主の涼香よりも涼音の方がダメージは少なく、先に我に返った涼音がスマホを拾い上げる。涼音はカメラロールを開いて確認する。人のスマホのカメラロールを見るのはどうかと思ったが、盗撮されているかもしれないから仕方がない。
「……なんですか? これ」
ある動画を確認した涼音が画面を涼香に見せる。
「可愛いわね」
涼香が撮っていた動画は、涼香が涼音にポテトをあーんしている動画だった。
「本当は涼音があーんしてくれる動画が撮りたかったのよ」
「だとしても勝手に撮らないでくださいよ」
「私も勝手に撮るのはどうかと思ったわ」
少し後悔するように微笑む涼香を見て、なんだか申し訳ない気持ちになってしまう。
「えぇ……じゃあなんで……?」
「お願いしたら撮らせてくれる?」
「断りますね」
ぴしゃりと言い切った涼音だったが、涼香にだけ聞こえる声で呟く。
「まあ、二人だけの時なら……いいですけど」
対して涼香の声の大きさはいつも通り。
「それでは涼音の可愛さが広まらないではないの」
「わけわからないこと言わないでくださいよ」
涼音は急いで全て食べ切ると、逃げるように荷物をまとめて席を立つ。
「あら、待ちなさい」
涼香も慌ててポテトを食べるが、涼音は既にごみを捨てて水道で指を洗っている。
喉に詰まったポテトを野菜ジュースで流し込みながら、なんとか食べ切った涼香は席を立ってごみを捨てて指を洗うと、店の外で待っていた涼音の元へ急ぐ。
「急に走ると危ないわよ」
「すみません……」
口を尖らせた涼音の頭に手を伸ばす涼香だったが、涼音はその手を躱すと二歩ほど先に行き、振り返った涼音は恥ずかし気に微笑む。
「早く帰りますよ」
「しょっぱいもの食べたから甘いものが食べたいわ」
「甘いものなら家にありますよ」
隣に並んだ涼香に笑顔を向ける。その笑顔は涼香だけに向けられ、涼香だけしか見ることができなかった。
夕日が道行く人々の表情を隠す、この時間が涼音は割と好きだった。