ある休日。
ここは涼香の部屋なのだが、今は涼香の定位置であるベッドで
自分が涼音に眠るように言ったのだから文句は言えないけど、とにかく暇だった。最初のうちは寝顔を見ていたのだが、その寝顔も既に視界に張り付いてしまったため、直接見る必要も無くなってしまった。
「はあ……」
ため息はどこに行くわけでもなくその場に落ちていく。
今日の涼音は寝不足だったのだ。理由は、昨日やっていた心霊番組をたまたま見てしまって眠れなかったのだそう。涼音は布団にグルグル包まって眠っている。いざという時に逃げられないな、と涼香は適当なことを考える。
途轍もなく暇だ、現代社会には溢れんばかりの娯楽があるが、気分が乗らなければ意味がない。涼香の部屋にも、本やゲームなどがあるがどれも気分ではない。
強いて言うなら適当に涼音の寝顔の写真を撮ってそれを涼音に送り付けるぐらいしかやることがない。
既に時刻は正午を過ぎている、いつになったら起きるのだろうか。
「ふふふふふふ」
なぜか笑いが込み上がってきた涼香だった。
そして急に笑いを止め、口角だけ上げて涼音の顔を覗き見る。
「……」
そして涼音とばっちり目が合った。
「……」
ザっと、涼音は頭まで布団をかぶる。
完全に怯えた目をしていた。
それはそうだろう。涼音からすると誰かの笑い声で目が覚めて、頭が完全に覚醒する前に目が笑っていない髪の長い女性姿を見たのだ、完全にホラーだ。
震える布団に涼香は声をかける。
「おはよう」
すると布団の震えがピタリと止まり、そーっと、涼音の頭が出てきた。涙目だった。
「おはよう」
もう一度言う。
「怖かった……です」
「おはよう」
「先輩……?」
「おはよう」
これは挨拶を返さないと先に進まないやつなのか?
「……おはようございます」
「おはよう」
「え……?」
「おはよう」
「先輩……? 先輩!」
「おはよう」
心なしか視線も定まっていないように見える。涼音がどれだけ揺すっても涼香は壊れたおもちゃのように「おはよう」と返してばっかりだ。
もうそこには涼音の知っている涼香はいなかった。
遂に耐え切れなくなった涼音の涙が布団を濡らす。それでも涼音は逃げようとせず必死に声をかけて揺すり続ける。それはもうものすんごい勢いで、正気を失いそうな勢いだった。
「う……涼……音……気持ち悪い……‼」
「うわあああん!」
「ちょっ……とギブ」
涼音の腕を叩いてギブアップする。やっと涼音の腕が止まると、頭を軽く抑えた涼香はもう片方の手で涼音を制する。
「本当に怖かったんですよお」
自分を抱きしめる涼音を撫でながら、涼香は謝る。涼音を怖がらせようと、少し悪ノリがすぎてしまった。
「ごめんなさい、からかいすぎたわ」
「先輩なんか嫌いです」
そう言いながらも抱きしめる力は強くなっていく。
「それは困ったわね、涼音に嫌われたくないわ」
言外にどうしたら許してくれるのかと問いかける。そしてそれを涼音は察する、さすが涼香検定準一級所持者。
「一緒に寝てください」
「……まだ寝るの?」
「夜はほとんど眠れなかったんです、それにまだ二時間ぐらいしか寝てないですもん」
「そういえばそうね」
口を尖らせる涼音を撫でると涼香はベッドに寝転がる。やはり定位置は居心地が良い。
「おいで」
自分の隣を軽く叩く。
涼音はそこに身を滑りこますと、涼香の胸に頭を預けて目を瞑る。涼香の規則正しく拍動する音を聞きながら、再び寝息を立て始める。相当疲れたのだろう、涼音の体温を感じながら涼香は改めて反省する。
「おやすみなさい」
その後、すぐに涼香も眠ってしまい、二人が目を覚ましたのは太陽が沈んだ後だった。