茶色に染められた長い髪をおさげにしており、クリっとした目はとても可愛らしい。その愛らしい見た目は、この学校で可愛い子は? と言えばすぐ名前が上がる程の可愛さと言った方が伝わりやすいか。
しかし可愛いと言われながらも同級生とほとんど関わることの無い涼音は、周りからは少し距離を置かれている。なぜなら――。
「涼音は同級生に素っ気ないのよ!」
ダンっ、と教卓を叩いて息巻くのは
今の涼香は下級生から憧れられるクールビューティーとは程遠い存在。まあいつも通りの涼香である。
涼香の魂の叫びは一応受験生である三年生の休み時間を止めてしまうほどの迫力があった。
練度の高い連携で涼香の話を聞く体勢になるクラスメイト。一人のクラスメイトはドアを閉めて、またある生徒はカーテンを閉める。これは極秘会議なのだ。
その様子を見届けた涼香が黒板にカッカッカッとチョークを走らせる。
議題は《涼音の可愛さを世界へ!》バンッ、と黒板を叩いて叫ぶ。
「涼音はもう少し同級生と仲良くなるべきよ!」
涼音が周りから距離を置かれている理由の一つ。同級生には割と素っ気ないところだ。涼香のような美人なら、多少素っ気なくてもクールで片付けられるが、涼音は美人ではなく可愛い子だ。可愛い子が素っ気ないと、なんというか少し近寄り難い。
「でも涼音ちゃん自身がそうしてるんだったらいいんじゃないですか?」
クラスメイトの一人が挙手して答える。
「確かに。涼音自身がそうしているのなら、それにあれこれ言うのは良くないわね」
腕を組んだ涼香がうむうむと頷く。
だがしかし――。
「私が嫌なの!」
カッと目を見開いた涼香の迫力に窓が震えた気がした。
「とんでもねえなコイツ!」
「涼音ちゃんに嫌われるよ」
「それは嫌!」
「今のままでいいじゃん! 涼音ちゃんみたいな可愛い子を独占できるんだし!」
「それはそうね!」
「だったらこのままでいいじゃん」
「嫌なの! 涼音の可愛さをみんなに知ってもらいたいの!」
コイツわがままだなあ……、生暖かい空気が教室内を満たす。
「涼音ちゃん……アレはもう手遅れよ……」
涼香の前の座席に座っているクラスメイトが、涼香の席に座っている涼音に疲弊した顔を向ける。
「……ごめんなさい、また先輩がご迷惑をおかけして……」
手で顔を覆いながら涼音が呟く。
「コラっ涼音! あなたの話なのよ! 下を見ない!」
「えぇ……」
本人がいるのになんでそんな話をするの? 涼音は頭を抱える。
なんとなく涼香に会いに来たら、急に始まったこの会議。止める間もなかった。
涼音は頑張って顔を上げる。涼香がスマホの写真を見せびらかしていた。
「見なさい! この教室にひょっこりとやって来た涼音の可愛さを!」
「ちょぉぉぉっとぉぉぉ!」
慌てて涼香に詰め寄る涼音、顔が真っ赤だった。
「なんで見せるんですか⁉ あたし写真は撮ってもいいって言いましたけど誰にも見せないでって言いましたよね⁉」
「言ったわね! ええ言ったわよ! でも涼音が可愛すぎるのがいけないのよ!」
「あたしのせいにしないでくれます⁉」
涼香からスマホを取り上げるとそれをポケットにしまう。そしてそのまま教室を後にしようとする。
「返しなさいよ私のスマホー!」
「いーやーでーすー」
しがみついてきた涼香をズルズル引きずりながらドアへと向かう。
「どうしてそんなに嫌がるのよ!」
「別になんでもいいじゃないですか!」
「なんでもよくないわよ! みんなも気になるわよね? ね? 気になるなら涼音を止めるのを手伝いなさい!」
クラスメイト達は顔を見合わせる。いつも涼香の事で世話になっている涼音にあまり迷惑をかけたくない。しかし、なんやかんやで涼香の事が大好きな涼音が、なぜ自分の写真を見せびらかされるのが嫌なのか、クラスメイト達は激しく葛藤する。
「涼音ちゃん待って」「ごめん。今は涼香の味方で」「なにか理由があるんだよね?」
あまり葛藤していなかった。
さすがに複数人を引きずれるほどの力を涼音は持っていなかった。やがて力尽きた涼音がその場にへたり込む。
「どうしても言わないとダメですか?」
少しうるんだ目と上目づかいのコンボ攻撃が涼香たちを襲う。
「うん、だって可愛いもん」「やだ、涼音ちゃん可愛い」「水原ズルい……」
「これが涼音の可愛さよ」
聞いていなかった。むしろ逃げづらくなった。
観念した涼音は涼香の席へと戻る。
「私の席……」
「先輩は立っててください」
涼香は肩をすくめると少し離れた場所に移動する。
こういう日に限って休み時間がなかなか終わらない。
クラスメイトの一人が挙手して話し出す。
「さっきの事なんだけど、どうして涼音ちゃんは自分の写真を見せられるのが嫌なの? いや、まあ誰でも勝手に見せびらかされるのは嫌だろうけど」
その質問はやはり全員気になっていたようで一様に頷く。
涼音はどう答えるべきかと悩みながら口を開く。
「まずは写真があまり好きじゃない、というのと……まあその通りです」
悩んだ結果ごまかした。
「でも涼香のスマホには涼音ちゃんの写真が大量にあるよ? 二人のツーショットとかもあるし」
「……」
無言で涼香を睨みつけると涼香は髪の毛を払う。
「……嫌いなのは嘘じゃないですよ。ただ、先輩のお願いなので」
「お願い?」
涼音は少し頬を染めながら、肩を縮めて呟く。
「将来、写真を見返して、あの時は楽しかったわね。って言いたいんだって」
「「「「「「……」」」」」」
今度はクラスメイト達が無言で涼香を睨みつける。
「それで、他の人に見せないんだったらいいですよって言ったんです」
「「「「「「……………………」」」」」」
クラスメイト達の眼が更に険しくなる。
「それなのに……先輩は……」
涼音がキッと涼香を睨みつける。
「「「「「「最っっっっっっっっ低」」」」」」
「嘘つき!」
「ぐうの音も出ないわね」
涼香が悪い。圧倒的に悪い。弁解の余地もない。
「ではあたしは教室に戻ります」
そそくさと立ち去ろうとする涼音を止める者は誰もいなかった。
廊下に出た涼音は大きく深呼吸をする。危なかった、なんとか最低限の答えで誤魔化すことができた。
さすがにこれは涼香以外には言いたくないし、知ってほしくない。
涼香が自分の写真を見せびらかすのが嫌な一番の理由。
――先輩にだけ、あたしを見てほしいから。