ある日の放課後のこと。
「なにがいいですか?」
机の上に駄菓子を並べながら
並べられている駄菓子には十円の小さい駄菓子から六十円ほどのスナック菓子まであり、幅が広い。
「どれにしようかしらね……」
「これにしましょうか」
やがて涼香が選んだ駄菓子は、三個入りの風船ガムだった。三個の内一個だけ酸っぱいやつである。
「なるほど、そういうことですか」
口角を上げた涼香と目が合う。涼音も負けじと不敵な笑みを返す。
二人は一個ずつガムを取る。
「酸っぱいのを食べた者は命を失うわよ」
二人は同時にガムを口に放り込みモグモグ。
「……酸っぱくないですね」
「私も酸っぱくないわ」
「ということは――」
残りの一つが酸っぱいやつだということ。
二人の間に一触即発の空気が漂う。確実に酸っぱいものをどちらが食べるのか。どうやってそれを決めるのか。
先に口を開いたのは涼香だった。
「どちらがより大きな風船を作ることができるのか? それで勝負をしようではないの」
「てっきりあたしに泣きつくものだと思いましたよ。それで決めましょう」
「ちょっと待ちなさい。私は涼音にどういう風に見られているかしら?」
「それはまた後で」
決まったのなら早く勝負をしましょうかと、涼音はガムを噛んで柔らかくする。
「そうね。まずは涼音の酸っぱがる可愛い顔を見てあげるわ」
切り替えた涼香もガムを噛み始める。
「それじゃあ、そろそろ始めますよ? 早さじゃなくて大きさで勝負ですからね」
涼音のお言葉に涼香は頷く。落ち着いてゆっくり膨らませばこの勝負は勝てる。
「よーい、スタート!」
二人は舌にガムを纏わせる。先手を取ったのは涼香だった。
速さではなく大きさで勝負とのことだが、涼香は敢えて早く膨らませる。だが、早く膨らませるのはあくまで序盤だけ。大きさで勝負だと理解していても、相手の風船の方が先に大きくなると焦りの気持ちが出てしまう。涼香の狙いはそこだった。
しかし、涼音は涼香のやりそうなことは分かっていた。だから敢えて涼香の作戦に乗ることにした。涼音も早く風船を膨らませる。敢えて作戦に乗ることで、涼香を油断させるという作戦だ。
これにより涼香との風船の大きさに差は無くなる。
ゆっくりと慎重に風船を膨らませる。徐々に大きくなっていく風船、段々と薄くなっていく風船。いつ割れてもおかしくない状態だ。
そして、勝負がつくのは一瞬。
「――⁉」
先に風船が割れたのは涼音の方だった。
敗因はただ一つ。涼音が涼香の作戦に乗ってしまったからである。
涼音が敢えて涼香の作戦に乗ることで、涼香を
「……負けました」
涼音が包み紙にガムを吐き出しながら悔しそうに呟く。涼香は小さくガッツポーズ。そして調子に乗ってガムを一気に膨らます。ダメ押しとばかりに大きくなる風船、涼香の圧勝だ。
そして当然爆発。ガムが涼香の顔面に張り付く。
「んん⁉」
顔面に張り付いたガムを取っていく涼香を眺めながら酸っぱいガムを口にする涼音。
(ちゅっぱい……!)
顔をしわくちゃにする涼音の目の前で、未だ顔に引っ付いたガムに悪戦苦闘する涼香。
次はなにを食べようかと駄菓子を選ぶ。
「やっと取れたわ……。さあ涼音! 酸っぱいのを食べるのよ!」
勝ち誇った顔を向ける涼香に、涼音は駄菓子を選ぶ手を止めて返す。
「もう食べましたよ」
「え……?」
「あ、まだほっぺたにガムが付いてます」
ほっぺたに付いていたガムを取ってあげる涼音だった。