* * *
「――はっ!」
目を開くと、私は再び暁ノ宮神社の境内にいた。
炎の光がゆらめき、カグラが弓を構えたまま私を見据えている。
(今のは……夢? それとも……)
ヤトの言葉が頭の中で反響する。
「火の性質を知ること」
火は燃え上がるだけじゃない。
火は、風に揺られ、形を変える。
そして、炎を消すこともできる――。
「……そういうことか」
私は静かに立ち上がる。
カグラの炎の矢が、今まさに放たれようとしていた。
「行くぞ」
カグラの冷徹な声と共に、最後の一撃が解き放たれる!
(炎を消す方法……それは――)
私は思い切って、一歩前に踏み出した。
「……風よ――!」
ビュオッ!!
突如、境内に強い風が巻き起こる。
炎の矢が風に呑まれ、軌道を逸らして空へと弾き飛ばされた。
「なっ……!?」
カグラの表情がわずかに揺らぐ。
(やっぱり……!)
私は確信した。
――炎は、風に吹かれることで形を変え、力を失う。
(だったら、この神社にある"風の流れ"を利用すれば――!)
境内を駆け抜けながら、私は周囲の風の流れを感じ取る。
神社の奥には、木々が立ち並んでいる。
その枝葉が風を集め、自然の"風の通り道"を作っていた。
(ここなら……!)
私は風が最も強く吹き抜ける位置へ移動する。
カグラの目が鋭くなる。
「……面白い」
再び弓を構え、より強力な炎の矢を放つ――!
ゴオォッ!!!
燃え盛る矢が、私に向かって一直線に飛ぶ。
「……お願い!」
私は全身で風を感じながら、両手を広げた。
――すると。
ビュオオオッ!!
神社の風が、一気に炎の矢を包み込み、その勢いを削いでいく。
「消えろ――!」
私は強く念じる。
ボンッ!!
炎の矢が、空中で儚く霧散した。
辺りには、ただ静かな風だけが残る。
カグラが目を見開く。
「……お前、まさか"炎の性質"に気づいたのか?」
私は静かに頷いた。
「炎は、風によって力を増すことも、消されることもある……」
カグラは一瞬、沈黙する。
そして――
目を開けると、私は再び 暁ノ宮(あかつきのみや)神社 の境内に立っていた。
炎の光がゆらめき、目の前には 朱雀の守護者・カグラ が静かに佇んでいる。
「……試練、突破だ」
カグラは弓を下ろし、私をじっと見つめていた。
私は息を整えながら、ゆっくりと彼の言葉を待つ。
「ふっ……なるほど。お前には"見極める力"があるようだ」
「……これで、神器を?」
カグラは静かに頷く。
「いや、まだだ」
「えっ?」
「試練は"二段階"ある」
彼はゆっくりと手をかざし、境内の中央―― 神殿の壇上 に目を向ける。
次の瞬間――
シュウゥ……と、金色の光が浮かび上がる。
そこに現れたのは、漆黒の卵。
赤く光る紋様が表面に刻まれ、神秘的な力を放っていた。
「この卵こそ、"四神の鍵"となるもの」
私は思わず息を呑んだ。
「……四神の卵?」
「そうだ。この卵から生まれる神獣が、お前の力を映し出す」
「えっ、でもこれって……朱雀の卵じゃないの?」
カグラは少し口元を緩めた。
「違う。これは"未定の卵"だ。お前の資質、そして育て方次第で、どの四神が生まれるかが決まる」
「私の……育て方で?」
カグラは頷く。
「この試練は"朱雀の試練"でありながら、四神の巫女の試練でもある」
私は慎重に卵へと手を伸ばす。
ほんのりと温かい。
(私が……育てるの?)
その時、ヤトの姿 が頭に浮かんだ。
――「ボクも一緒に育てる!」
ヤトなら、きっとそう言う。
私はふっと微笑みながら、ゆっくりと卵を抱きしめた。
「……分かった。私が育てる」
カグラは満足そうに頷いた。
「だが、お前が持ち帰るのはこれだけではない」
彼は再び手をかざし、今度は空中に紅色の羽が浮かび上がった。
「これは、"紅蓮の羽"」
私はそれをそっと手に取る。
指先に触れた瞬間、じんわりとした温もりが広がる。
「……朱雀の羽根?」
「そうだ。だが、これはまだ"未完成"だ」
「未完成?」
カグラは静かに頷いた。
「"紅蓮の羽"は、四神が目覚めることで本来の力を宿す。今のお前には、ただの象徴でしかない」
「つまり、卵を孵さないと、この羽は神器にならないってこと?」
「その通り」
私は、そっと羽を見つめる。
(つまり、この卵をちゃんと育てられなかったら……)
神器が完成しない。
それはすなわち、ヤトの封印を解くための試練を乗り越えられないということだった。
(……絶対に、育てなきゃ)
私は決意を込めて、卵を大切に抱え直した。
「カグラ、ありがとう。必ず、朱雀を目覚めさせるよ」
カグラは静かに微笑むと、背を向けた。
「期待している。……お前の"炎"を信じろ」
* * *
※蛇ノ社※
四神の卵と紅蓮の羽を抱えて、私は蛇ノ社へと戻ってきた。
「ヤト! 戻ったよ!」
境内に足を踏み入れると、すぐに金色の瞳の少年が飛び出してきた。
「ゆずーっ!」
ヤトは嬉しそうに駆け寄り、私の腕の中を覗き込む。
「それ……なに?」
「四神の卵。私が育てることになったの」
「ええっ!? ゆずが!?」
ヤトは目を瞬かせると、次の瞬間―― ぱぁっ! と笑顔を輝かせた。
「ボクも一緒に育てる!!」
やっぱり、予想通りだった。
「うん、だからヤトも手伝ってね」
「もちろん! ねぇ、ゆず、今日から泊まって育てようよ!」
「ええっ!? さすがに準備がいるよ!」
「大丈夫! お布団もあるし、ここなら安全だし……!」
ヤトは腕を組んで、自信満々に言う。
「……いやいや、準備がいるの! 私だって泊まるなら色々持ってこなきゃ」
「むぅ……」
「だから、今日は一旦帰って、明日から泊まり込み!」
「……ほんと?」
「ほんとほんと」
ヤトは少し寂しそうにしながらも、しぶしぶ頷いた。
「じゃあ、絶対に明日も来てね!」
「うん、約束する」
ヤトは少し笑って、結月の袖をぎゅっと握る。
「じゃあ、明日からボクも卵を見守るね」
「ありがとう。じゃあ、また明日ね」
こうして、結月は 四神の卵と紅蓮の羽を抱え、一旦帰宅することにした。
翌日から、本格的な育成が始まる――。
* * *
―― 第10話・完 ――