* * *
「……絶対に、卵を立派に育ててみせる」
私は決意を固め、四神の卵を抱えた。
両腕で包み込めるほどの大きさで、表面は滑らかでほんのりと温かい。
まるで鼓動が宿っているような、静かな生命の気配を感じる――。
(私の育て方次第で、孵るか燃え尽きるか決まる……)
責任の重さに少しだけ息が詰まりそうになる。
カグラはそんな私を見据え、静かに告げた。
「覚えておけ。その卵は、お前の精神を映す」
「私の……精神?」
「心が乱れれば、炎も乱れ、卵は燃え尽きる。逆に、強い意志と正しい導きがあれば、立派に孵るだろう」
私は卵をそっと抱きしめた。
「……なら、ちゃんと育て方を考えないと」
カグラは満足そうに頷くと、少しだけ笑みを浮かべた。
「焦るな。まずは、卵に"最適な温もり"を与えることからだ」
「最適な温もり……?」
「そうだ。朱雀は火の神獣だが、ただ熱を与えればいいわけではない」
「つまり、温めすぎるとダメってこと?」
「そうだ。炎が強すぎれば、未熟な卵は燃え尽きる。逆に温もりが足りなければ、孵ることなく命が途絶える」
私は改めて卵を見つめる。
「じゃあ……ちょうどいい温度を探すのが最初の試練ってこと?」
「理解が早いな」
カグラは軽く頷くと、私に向き直った。
「この神社の炎を使ってもいいが、まずはお前自身の方法で試してみるといい。卵は持ち主の意志を感じ取り、育つ」
私はゆっくりと息を吸い込んだ。
(……つまり、手探りで育て方を見つけるってことか)
簡単じゃない。だけど、やるしかない。
「分かった、試してみる!」
私はしっかりと卵を抱え、暁ノ宮を後にした。
* * *
帰宅してから、私は卵を抱えながら考え込んだ。
(最適な温度って、一体どれくらいなんだろう……)
まずは、自分の体温で試してみる。
そっと両手で包み込むと、指先からじんわりとした温もりが伝わる。
(うーん……何となく暖かくなるけど、これじゃ足りない?)
次に、タオルに包んでみた。
少しだけ温もりが持続するような気はする。
(でも、まだ弱い気がするな……)
ならば、と少しずつ方法を変えて試してみる。
① 布団の中に入れてみる → △ ほんのり温かいけど、何となく物足りない
② レンジで温めた湯たんぽと一緒に置く → × ちょっと熱すぎるのか、卵の色が変わりかけて焦る
③ 炭火の近くに置く(距離を取る) → △ 温まるが、一定時間で冷める
④ 抱きしめてみる → ◎ じんわりと温かくなり、卵の表面がほのかに赤みを帯びる
「……やっぱり、こうして直接抱いてるのが一番いいのかな?」
私は両手で卵を包み込みながら、ふと思った。
(もしかして、この卵はただの熱じゃなくて"気持ち"も必要なのかな?)
ふと、カグラの言葉を思い出す。
* * *
『その卵は、持ち主の精神を映す』
『意志が弱ければ、炎は燃え尽き、卵は灰となる』
* * *
(私が不安に思ったり、迷ったりしたら、それが伝わってしまうのかも……)
だからこそ、卵にとって安心できる温もりが大事なのかもしれない。
私はそっと微笑んで、卵を撫でた。
「……大丈夫だよ。絶対、ちゃんと孵してみせるから」
その瞬間――
卵が、ほんのりと光った気がした。
「えっ……?」
慌てて見つめるが、すぐに光は消えてしまう。
(今の、気のせい……?)
でも、どこか確信があった。
――きっと、この方法は間違っていない。
「よし、しばらくこのままで温めてみよう」
抱きしめた卵は、じんわりとした温もりを増していた。
(明日、ヤトにも相談してみようかな)
そう思いながら、私は卵を抱いたまま、そっと目を閉じた。
* * *
――第11話・完