* * *
「うーん……」
私は四神の卵をじっと見つめながら、どう育てるべきか考えていた。
朝からずっと、卵に何か変化がないか観察していたのだけど……。
まだピクリとも動かない。
「……何か変化あった?」
ヤトも卵を覗き込み、ぽんぽんと優しく撫でる。
「うーん……昨日よりちょっと暖かい気もするけど、まだ孵る気配はないね」
「やっぱり、もっとちゃんとした育て方があるのかな?」
私はスマホを手に取り、「四神 卵 孵化」などのワードで検索をかけてみる。
だけど、当然ながら神獣の卵の育て方なんて情報はどこにもない。
「やっぱり、普通の検索じゃダメかぁ……」
ヤトは腕を組みながら、小さく唸った。
「ねえ、ゆず。ボクの記憶の中に、何かヒントがあるかもしれないよ!」
「え、そうなの?」
「うん! 四神はそれぞれ違う属性の力を持ってるんだけど、卵の段階ではまだどの属性かわからないんだ。だから、基本的に"気"を感じ取ることが大事なんじゃないかなぁ?」
「気を感じ取る……?」
「たとえば、温めるだけじゃなくて、"育てる人の気持ち"も影響するんだと思う!」
私は卵をそっと抱きしめる。
すると、ふわっと表面が赤く輝いた。
「えっ、今光った!?」
「やっぱりね!」
ヤトが得意げに笑う。
「ボクもやってみる!」
ヤトは卵にそっと手をかざし、じっと目を閉じた。
すると――
「わっ、またぽわぽわしてる!」
卵の表面がふわっと光り、ぬくもりが増していく。
「ヤト、これ……何してるの?」
「ボクの"気"を分けてるんだよ!」
「ええっ、そんなことできるの!?」
「えへへ、ちょっとだけね!」
ヤトが得意げに笑う。
私は改めて、ヤトの存在が普通の人間じゃないことを実感した。
(本当に、神様なんだ……)
しばらくすると、卵の光がふわっと弱まり、再び元の姿へと戻る。
「……まだ孵らないかぁ」
ヤトは少し残念そうに呟いた。
「でも、昨日よりもずっと暖かくなった気がする」
私は卵をそっと撫でる。
確かに、昨日よりもぬくもりが増しているような気がした。
(きっと、少しずつだけど変化してる……)
「よし! 今日はここまでにして、また明日頑張ろう!」
「うん!」
ヤトと私は頷き合い、寝る準備をすることにした。
* * *
夜――
寝る前、私は布団にくるまりながら、ぼんやりと天井を眺めていた。
卵を抱きしめながら、ヤトの分の布団もちゃんと用意してある。
すると、隣からモゾモゾと気配を感じる。
「……ん?」
ヤトが私の布団に潜り込んできた。
「……ヤト?」
「えへへ、今日はね……ちょっと甘えたい気分なの!」
「も、もう……仕方ないなぁ」
私は苦笑しながら、ヤトの髪を撫でた。
すると――
「ねえ、ゆず」
「ん?」
「そろそろさ……ボクの本当の名前で呼んでほしいなぁ」
ヤトが、私の胸元に顔を埋めながら呟いた。
「えっ……」
私は思わず動きを止める。
「玖蛇(くじゃ)って……覚えてる?」
「もちろん、覚えてるよ」
「そっか……」
ヤト――いや、玖蛇は少し嬉しそうに微笑んだ。
「ボクね、"ヤト"って呼ばれるのも好きだけど……やっぱり、本当の名前で呼ばれると、もっと特別な気がするんだ」
「……特別?」
「うん! だって、ボクの名前をちゃんと知ってるのは、ゆずだけだもん!」
玖蛇がぎゅっと私にしがみつく。
その温もりが、すごく心地よくて。
私は小さく息を吐いた。
「……玖蛇」
そっと呼んでみる。
玖蛇は、びくっと小さく震えた。
そして、ゆっくりと顔を上げ、私をじっと見つめる。
「……もう一回、呼んで?」
「玖蛇」
今度は、しっかりと名前を口にした。
玖蛇は、ぱぁっと顔を輝かせる。
「……えへへ、なんか照れるなぁ」
「自分でお願いしておいて?」
「だって、初めてだから……!」
玖蛇はくすぐったそうに笑いながら、私の布団にぎゅっとしがみついた。
「今日は、ゆずのそばで寝る!」
「……もう、仕方ないなぁ」
私は玖蛇の頭をぽんぽんと撫でながら、目を閉じた。
こうして、四神の卵とともに、玖蛇との特別な時間は続いていく――。
* * *
――第15話・完