* * *
朝。
私はいつものように四神の卵を撫でながら、「今日は少しでも変化があるといいな」と期待していた。
けれど――
「うーん、今日も変化なし?」
四神の卵は相変わらず静かなままだった。
玖蛇(ヤト)も卵を覗き込んで、小さく唸る。
「昨日より暖かくなってる気はするけど、まだ孵る気配はないね」
「そっか……」
私は少し残念そうに卵を撫でた。
すると――
ボワァッ!!
「……え?」
突然、卵がぼんやりと赤い光を放ち始めた。
「え、なにこれ!?」
驚いて手を引こうとするが、卵はまるで私の手に吸い寄せられるように、温かい光を発していた。
玖蛇(くじゃ)は目を丸くする。
「……ゆず、もしかして……」
彼は私の手元をじっと見つめながら、何かを考えているようだった。
「え、え? 私、何もしてないよ!?」
「……本当に?」
玖蛇はじっと私を見つめる。
その金色の瞳が、不思議なほど真剣だった。
私は戸惑いながらも、もう一度そっと卵に触れてみる。
すると、また――
ボワッ……!
「また光った!?」
玖蛇は目を細め、卵と私の手を交互に見つめる。
「……やっぱり、ゆずの中に"何か"があるんだ」
「え、何かって……?」
私は困惑する。
自分では何もしていない。ただ卵を触っただけ。
なのに、卵は明らかに反応している。
「もしかして……私、知らないうちに何かしてるの?」
玖蛇は少し考え込み、やがて真剣な表情で頷いた。
「……ゆず、たぶん"魔力"があるよ」
「えっ!?」
思わず大声を出してしまう。
「ま、魔力!? そんなの、私にあるわけないでしょ!?」
「でも、証拠に卵が反応してるじゃん」
「それは……でも……」
確かに、私は何もしていないのに、卵が光った。
それはつまり、私の中に眠る何かが、卵に影響を与えている ということ……?
「……信じられないけど……」
私は再び卵に触れてみる。
すると、また優しく光る。
「……でも、なんで?」
玖蛇は私の手をそっと握る。
「ゆずの力は、きっと昔からあったんだよ」
「え?」
「ボクと出会った頃から、なんとなく感じてた。でも、ゆずは普通の人間だったし、気のせいだと思ってたんだ」
「……じゃあ、今は?」
玖蛇はニコッと笑う。
「もう、気のせいじゃないね!」
「ちょ、そんな簡単に言われても……!」
「ゆずは、"神獣を育てる" ために選ばれた人なのかもしれないね」
玖蛇は卵を優しく撫でる。
私はまだ混乱していたけれど、確かにこの卵は、私にだけ特別な反応を見せている。
(もし、本当に私に魔力があるとしたら……)
(もしかして、ヤトの封印を解く力にも関係があるの……?)
考え込む私を見て、玖蛇は笑う。
「まぁ、難しく考えなくても大丈夫だよ!」
「え?」
「ボクと一緒に育てていけば、そのうち分かるって!」
「……もう、玖蛇ってば……」
なんだか気楽そうな玖蛇の態度に、思わず苦笑してしまう。
(でも、確かに今は深く考えすぎても仕方ないかもしれない)
(とにかく、四神の卵を無事に孵化させることが先決だ)
「よし、じゃあ……もう少し頑張ってみよう!」
私は改めて卵を抱きしめた。
すると、今までよりも少しだけ、光が強くなった気がした――。
* * *
――第16話・完――