* * *
「んー……まだ……」
結月が布団の上でゴロンと転がり、膝を抱えて卵をじっと見つめている。
「もっと温めた方がいいのかな……?」
そう呟きながら、卵にそっと頬を寄せた。
「うーん……あったかいけど、これで十分なのかな……?」
必死に卵を温めようとしている結月の姿を、玖蛇は少し呆れたように見つめていた。
「ねぇ、そんなに抱きしめなくても、卵は逃げないよ?」
「でもさ、孵らなかったら困るじゃん!」
結月は真剣な表情で、ぎゅっと卵を抱きしめる。
玖蛇はそれを見て、ふっと小さく笑った。
「……変なの」
「えっ?」
「だって、まるで本物の親みたいじゃない?」
「……え?」
結月はキョトンとした顔で玖蛇を見つめた。
「ボクたちが育てるんでしょ? だったら、大切にしなきゃいけない」
「……そう、だけど……」
結月が小さく頬を染める。
(玖蛇って、こういうことサラッと言うんだよね……)
それに、確かに今の自分はまるで卵の親みたいに感じていた。
「じゃあさ、玖蛇も一緒に温めようよ!」
「えっ」
玖蛇は一瞬、目をぱちくりさせた。
「一緒に?」
「だって、玖蛇だってこの子の親でしょ?」
結月がそう言うと、玖蛇は少し考えるように目を伏せた。
――「親」か。
自分のことをそんな風に考えたことはなかった。
けれど、卵を手に入れたときから、結月と一緒に育てると決めた。
「……まぁ、確かにボクも親の片方だしね」
玖蛇は布団に潜り込み、結月の隣に座った。
そして、結月と卵の間に、そっと自分の手を添えた。
「……あったかい?」
「うん! 二人で温めたら、もっと早く孵るかも!」
結月は嬉しそうに笑う。
玖蛇はそんな結月の笑顔を見て、不思議な感覚に包まれた。
(昔から可愛いとは思ってたけど……)
子供の頃はただ「大好きな友達」だった。
けれど、こうして二人で卵を育てるうちに、ふと胸の奥がくすぐったくなるような感覚を覚える。
「ねぇ、玖蛇」
「なに?」
「この子が生まれたら、名前つけようね」
「……そうだね」
玖蛇はそっと目を細めた。
結月と二人で、大切に育てる。
この卵は、ただの四神じゃない。
二人の大切な存在になるのだから。
* * *
しばらくそうしていると、結月が大きく伸びをした。
「ん~~~、そろそろ寝ようかな……」
「そうだね。明日も育てないといけないし」
玖蛇が立ち上がろうとしたそのとき――
結月が、モゾモゾと布団に潜り込んだ。
「ん?」
玖蛇が首を傾げると、結月は小さく言った。
「ねぇ、玖蛇……」
「なに?」
「ギュッとして?」
「……え?」
玖蛇は一瞬、言葉を聞き間違えたのかと思った。
「だって……昔は、一緒にお昼寝してたじゃん」
結月がそう言うと、玖蛇の記憶が蘇る。
――あの頃、結月はよく「眠たくなったら一緒に寝よ」って言っていた。
最初はただの子供の習慣だった。
けれど、今こうして改めて言われると――なんだか、妙に照れくさい。
「……まぁ、いいけど」
玖蛇はため息をつきながら、結月の隣に横になった。
そして、そっと彼女の肩を引き寄せた。
「……これでいい?」
「うん!」
結月は満足そうに目を閉じる。
玖蛇はそんな彼女をじっと見つめた。
(……なんだろう、この気持ち)
心臓が、少しだけ早くなっている気がした。
(ボク、今、めちゃくちゃドキドキしてる……?)
けれど、その理由はまだわからない。
玖蛇は静かに目を閉じた。
「……おやすみ、ゆず」
「おやすみ、玖蛇」
結月の体温と、卵のぬくもりを感じながら――玖蛇は、心地よい眠りについた。
* * *
――第17話・完――