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第18話 「四神の卵――生命の鼓動」

* * *


 夜明け前――


 境内は静寂に包まれていた。


 夜の冷たい空気の中、私は四神の卵を抱きしめながら、小さく息を吐く。


「……今日も、まだ孵らないかぁ」


 ここ数日、試行錯誤を繰り返しながら卵を育てていた。


 温め方、気の送り方、そして環境。


 すべてを調整しているはずなのに、卵はまだ孵る気配を見せない。


「焦っちゃダメってわかってるけど……」


 私はそっと卵の表面を撫でる。


 ぬくもりは確かに増している。


 それなのに、動く気配はない。


 (もしかして、育て方が間違ってるのかな……)


 不安が胸をよぎる。


* * *


 朝――


「おはよう、ゆず」


 玖蛇がいつものように鳥居の向こうから姿を現した。


「おはよう、玖蛇」


「……卵、まだ変化ない?」


 玖蛇が卵を覗き込みながら、眉をひそめる。


「うん……昨日もいろいろ試したんだけど、まだ……」


 玖蛇は小さく頷き、真剣な顔で卵に手をかざした。


「……ゆず、この卵、"呼びかけ"を待ってる気がする」


「呼びかけ?」


 玖蛇が静かに目を閉じる。


「ボクたちはずっと、卵に力を分けてきたよね?」


「うん」


「でも、それだけじゃ足りないのかも」


 玖蛇が卵に手を添え、優しく撫でる。


「この子は……"何者"なのかを知りたがってるのかもしれない」


 私は目を瞬いた。


「"何者"……?」


 玖蛇は静かに言葉を続ける。


「生まれる前に、自分が何者なのか。"どんな存在として目覚めるべきか"を、知りたがってるのかもしれない」


「……」


 私は卵を見つめる。


 この中には、まだ見ぬ命が眠っている。


 その命は、何を望んでいるのだろう?


 私はそっと卵を抱きしめた。


「……ずっと待ってるの?」


 ぽつりと、呟く。


「生まれるのが怖いの?」


 卵の表面を優しく撫でる。


「大丈夫。あなたがどんな存在でも、私がちゃんと受け止めるよ」


 玖蛇が静かに微笑んだ。


「……きっと、それが合図になるよ」


 その時だった。


 ピキッ……!


 小さな音が、境内に響く。


「っ!?」


 玖蛇と私は目を見開いた。


 卵の表面に、小さなヒビが入っていた。


「……今、ヒビが……!」


 私は思わず玖蛇の腕を掴んだ。


「ゆずの言葉、ちゃんと届いたんだね」


 玖蛇が優しく微笑む。


 私は胸の奥がじんわりと熱くなるのを感じた。


 (本当に……生まれるんだ)


 卵の中の命が、ようやく目覚めようとしている。


「もうすぐ……会えるね」


 私はそっと卵を抱きしめた。


 その温もりが、心地よく私を包み込む――。


* * *


――第18話・完


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