* * *
――夜明け。
まだ淡い空の下、境内は静寂に包まれていた。
結月は朱色に染まる鳥居をくぐり、そっと四神の卵を抱きしめる。
「昨日の夜、確かにヒビが入ったはずなのに……」
卵の表面を優しく撫でる。
けれど、目を凝らしても、昨夜見たヒビがどこにも見当たらなかった。
「……嘘でしょ?」
あんなにはっきりとヒビが入ったのに、まるで最初からなかったかのように元に戻っている。
その様子を見た玖蛇は、眉をひそめた。
「これは……たぶん、"試されてる" んだと思う」
「試されてる?」
「うん。たぶん、この卵は"何か"を待ってる。……ボクたちに、何かを気づかせようとしてるんだよ」
玖蛇は静かに卵に手を添え、目を閉じる。
「……ボク、思い出した気がする。この卵……"前にも見たことがある"」
結月は驚いて玖蛇を見つめた。
「えっ!? 本当に!?」
「うん。でも、はっきりとは思い出せないんだ。ただ……」
玖蛇は、ふっと遠い目をする。
「前にも、誰かがこの卵を育てようとしてた気がするんだ。ボクがまだ、人間の世界にいた頃……」
「……誰かって、誰?」
玖蛇は考え込むように口を閉ざす。
「分からない。でも、"巫女"だったと思う」
「巫女……」
結月は膝を抱えながら考え込む。
「もしかして、その巫女さんは卵を孵すことができたの?」
「……分からない。けど、ボクが覚えてるのは――"四神に選ばれた巫女だけが、この卵を孵す資格を持つ"ってこと」
結月は息をのむ。
「四神に選ばれた巫女……?」
もし、その伝承が本当なら、過去にこの卵を孵した人がいるということ。
その巫女が何をしたのかを知れば、卵を孵す手がかりがつかめるかもしれない――!
「玖蛇、その伝承……どこかに残ってないかな?」
「うーん……ボクの記憶の中には、ぼんやりとしかない。でも、どこかに記録があるかも?」
結月は考える。
「……よし! 図書館で調べてみよう!」
「うん! 何か分かるかもしれない!」
こうして、結月と玖蛇は「四神に選ばれし巫女」の伝承を探すために動き出す。
* * *
翌日――
結月は図書館の資料室に足を運んでいた。
静かな部屋の中、古い書物が並ぶ棚をひとつずつ丁寧に調べていく。
(きっと、どこかに……何か手がかりがあるはず)
その時だった。
「夜刀神伝説……?」
手に取った一冊の古文書に目を留める。
ページをめくると、そこにはこう記されていた。
――『四神は、古来より "選ばれし巫女" によって導かれる。その巫女は、神々の声を聞き、世界の均衡を守る者なり』――
結月の心臓が高鳴る。
(……やっぱり、何か関係がある!)
さらに読み進めると、重要な記述があった。
『巫女が"試練"を越えた時、四神は真の姿を現す』
「試練……?」
結月はページをめくる手を止めた。
(もしかして、私も"試練"を受けないといけないの……?)
けれど、その試練が何なのかは、書物の中には詳しく書かれていなかった。
(でも、ヒントにはなった……!)
結月は急いで資料をまとめ、図書館を後にする。
* * *
夜、蛇ノ社――
結月は玖蛇に伝承について報告していた。
「やっぱり、巫女の伝説が関係してた!」
「へぇ……」
玖蛇は興味深そうに、結月が見つけた資料に目を通す。
「じゃあ、やっぱりゆずも試練を受けなきゃいけないのかも?」
「かもね……でも、どうやって?」
結月が卵を抱えながら呟いたその時――
ピキッ……!
「っ!?」
またしても、卵に小さなヒビが入った。
玖蛇は目を輝かせる。
「やっぱり! ゆずが何かを見つけるたびに、卵が反応してる!」
「もしかして、この卵……私の行動を見てるの?」
「うん。きっと、ゆずが"選ばれるべき存在か"を試してるんだよ」
結月は卵をそっと抱きしめる。
(私が……選ばれるべき存在か……)
――もし、この卵が"巫女の資格"を試しているのだとしたら。
結月は、"四神に選ばれる者"にならなければならない。
「玖蛇……私、試練を探してみる」
「うん! ボクも協力する!」
こうして、結月は四神の試練を受けるための手がかりを探すことを決意した。
* * *
――第19話・完